何らかの音楽ジャンルに興味を持ってその関連情報を気にかけるようになり始めると、頻繁に見かけるというほどではないにしても「ああこの名前は前も見かけたな」と思う程度に遭遇する名前というものが現れるようになったりする。その界隈で何度も繰り返し言及されるような重鎮というわけではなく、かといって一度出くわしたらもう二度と見ることのないようなマイナーな存在でもなくて。あっさりと脳内を通り過ぎていく名前と、ジャンルを代表するほどの忘れようのない名前との、ちょうど中間に位置するような名前だ。そうした名前は普段は記憶深くにしまわれていて、特に自分を積極的な探索に導くわけでもないのだけど、ネット上だったりCDショップだったりでその名を見かけると、記憶のなかから呼び覚まされてくることになる。
この Nikakoi は自分にとってそうした名前のひとつだった。エレクトロニカ周辺をさまよっているときに刻み込まれた言葉だと思う。CDショップで見かけたときに思い出された。どちらかというとその名の不思議な響きこそが印象に残っていたのかもしれない。とにかくどこかで何度か見ていた名前だということはすぐわかり、試聴する気にさせられた。
数回見かけたことがあるということは、それに見合う程度の評判を得ているということのはず。だからこそそれなりの期待を寄せずにはいられない。けれどもそうした期待がいつも満たされることになるわけではないのも当然のこと。大抵の場合は、「ああ、あの名前はこういう音に結びつけられるんだね」と思うだけでおしまいだったりする。そうするとその名前は、もうどうでもいいただの言葉としてまた記憶の奥底に沈んでいって、二度と関心を引き起こすことはない。
Nikakoi によるニューアルバム、“Selected”という味気なくも直截的なタイトルのこのCDは、1st“Sestrichka”と2nd“Shentimental”から選ばれた20曲に新曲10曲を加えた、2枚組の編集盤。Nikakoi はグルジア生まれのミュージシャンで、本名は Nika Machaidze という。Erast という別名義や、映像作家としての活動もおこなっている。...などという事柄も、家に帰ってから調べて初めて知ったようなことなのだけれど、そんな風に一歩掘り下げてみたくなったということは、聴いてみたその音が、Nikakoi という名を自分にとってもっと意味のある言葉へと押し上げるに充分だったことを示している。
無数にあるだろう同ジャンルの音のなかで、Nikakoi の何が自分のこころに引っかかったのかというと、たぶん、その音が何か情景をつくるという志向のもとに丁寧かつ繊細に練り上げられたものであるというところだと思う。そしてそこで目指されている情景が、冷涼としていて闇のなかにあるのだけど、同時に柔らかく穏やかでもあるということに。
僕がこの種の音を追い求めることのルーツは、たぶん Art of Noise の“Ambient Collection”というアルバムあたりにある。たしかそのライナーノーツで、「暗闇の中の豊かな自然」というような形容がされていた。それ以来、自分のなかでのエレクトロニカの価値基準は〈昼〉に属する音よりも〈夜〉に属する音に優位が置かれていて、Nikakoi もその系譜に連ねることができる。
といっても Art of Noise に似てるってわけではぜんぜんない。どちらかというと思い起こされるのは、“Selected Ambient Works 85-92”における Aphex Twin の方だ。裁断されて高速に連ねられたビートにリヴァーブがかかって背景音を形成する様子なんかは、とくに。
実際のところ制作時期の異なる3枚分のアルバムの混合とも言えるので、曲調はけっこう多彩ではある。女性ヴォーカルが気怠く歌う曲から、ドラムンベース的にリズムが跳ね踊る曲まで。でも、深くエコーの効いた透明感は全体的に共通している。
曲リスト
[Disk 1]
M-1 “Cverty2 For May”
M-2 “citylights”
M-3 “minimisss3”
M-4 “pp”
M-5 “Shunat”
M-6 “music 2 Piano”
M-7 “teess”
M-8 “Krasnagorsky Dream”
M-9 “petja”
M-10 “adgilcx”
M-11 “HACPYNYXO”
M-12 “bavshwebi”
M-13 “Tin Soldier For Nika Ono”
M-14 “Undine 2”
M-15 “Child”
[DISK 2]
M-1 “Surup”
M-2 “Something's Moving In My Liquid”
M-3 “Sentimental”
M-4 “lul”
M-5 “manglisi”
M-6 “nishan3test”
M-7 “Uuusmine”
M-8 “My Right Hand”
M-9 “MZEMF”
M-10 “dzzenn”
M-11 “sestrichka-bratishka”
M-12 “maia”
M-13 “Uxal”
M-14 “maybe”
M-15 “lulaby for little GG”
特に良かった曲
[Disk 1] M-1、M-2、M-3、M-4、M-5、M-7、M-8、M-10、M-13、M-14、M-15
[DISK 2] M-1、M-3、M-4、M-5、M-7、M-8、M-9、M-10