“PVC-1”

“PVC-1”
　Director : Spiros Stathoulopoulos
　Colombia, 2007

85ミニッツ PVC-1 余命85分 [DVD]

0.
　気軽に人に薦められるような内容の映画ではないのだけれど──
　でも、映画好きだったり映像表現の追求に熱心だったりするような人には、見ておく価値があるものだとは思う。

　実話をもとに制作された映画。
　舞台はコロンビアの田舎。
　平穏に暮らしていた農場一家に強盗の集団が押し入り、大金を要求する。しかしその家に金がないことがわかると、強盗たちは首輪にも似た奇妙な装置を母親の首に取り付け、立ち去る。残されたテープには、首輪には遠隔起爆可能な爆弾が仕掛けられていること、後の連絡を待って金を用意しておくようにとのメッセージがあった。一家は警察に連絡し、爆弾処理班との待ち合わせ場所へ向かう。

1.
　この映画の最大の特徴は、全編を手持ちカメラによるひとつのカットで撮っていること。
　現場へ向かう強盗たちの車中に始まって、襲撃と爆弾装着作業、待ち合わせ場所への恐怖と焦燥の張り詰めた道筋、爆弾解体に臨む緊迫の過程…… そのすべてを、途切れることなく、ひとつのカメラが追い続ける。といってドキュメンタリーのように無味乾燥な客観視点を装うわけでもない。そのカメラワークは、無数のカットで構成される映画にも決して引けを取らず、登場人物たちのまわりを飛び回って多彩なアングルをめまぐるしく展開し、一緒にトロッコに乗ったり川を歩いて渡ったり、あるいは走り抜ける人物を正確に捉え、またその合間には物語上の象徴を成す物へ素早く焦点を当てたりと、とても一台のカメラで撮り続けられているようには見えなくて、高度な編集技術でそれとわからないようにシーンがつながれているのではないかと思ってしまうほどだ。しかしそれは実際ひとりのカメラマンに撮られている映像であって、それどころか、監督･脚本･撮影のすべてが、スピロス･スタソロプロスというたったひとりによっておこなわれている。
　このようなつくり方の映像を実現させるには、何よりも、周到なマネージメント能力が必要だ。
　つまり、監督/撮影者は、いつどこで何がどのように起こるかを前もって詳細に定めておき、俳優たちの行動がことごとくその通りに進むよう取りはからわなければならない。この作品は85分あるのだが、85分の間で、何かひとつ些細なタイミングのずれが生じても、全体が崩壊しかねないだろう。カメラワークは相当凝っているのだが、そのこと自体にもまして、カメラの動きが冗長性を持たず厳密なタイムラインに沿って決められたコースを辿っていることが驚きをもたらす。たとえばフィギュアスケートのように無駄なく正確で。
　そしてそれはカメラだけのことではなく、登場人物だったり車やトロッコのようなものを含む全構成要素が果たしていることでもある。

2.
　ここにあるのは、「計画し尽くされたもの」だ。
　当然のことながら、この映画において編集という段階の必要性はほとんどない。けれども撮影に先立つ事前準備にはおそらく膨大な時間が費やされているだろう。途切れることなく進行するドラマという点では舞台演劇にも似ているけれど、ステージよりはるかに広大な空間を使っておこなわれていることと、単一のカメラという視点のもとに構成されたものであることが異なっている。そしてドキュメンタリーとも違い、あらかじめ構想された展開に基づいている。
　この映画を撮影することは、現実に生じている出来事をそのまま撮影することにほぼ相当すると思うのだけど、だとするとこの映画の細部を前もって詳細に設計することは、85分という時間のなかで、ある人物たちのおこなう一挙一動およびそれらを記録におさめる視点の移動ルートと焦点化のプロセスを余さず設計することに相当する。そのような種類の設計とは、「空間」だとか「機械」とか「物語」を設計するようなこととは違って、何か「人々が繰り広げている出来事そのもの」を直接的に設計するような行為だと言えるようにも思う。

IMDb: http://www.imdb.com/title/tt1031951/