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 葦原大介 “賢い犬リリエンタール”






賢い犬リリエンタール 1 (ジャンプコミックス)

賢い犬リリエンタール 1 (ジャンプコミックス)






0.
 週刊少年ジャンプで連載中の漫画の、単行本第1巻。
 なお「賢い犬」は、「かしこいいぬ」ではなく「かしこいけん」と読む。「秋田犬」とか「土佐犬」のように、そういう犬の種類だということを意味しているらしい。
 内容はこんな感じ;
 外国にいる両親と離れて二人で暮らす日野兄妹のもとに、あたらしい〈弟〉としてリリエンタールという名の犬が送られてくる。リリエンタールは人間の言葉をしゃべるのみならず、人の思いを現実化するような不思議な能力を持っていた。謎めいた組織が彼らを狙い始める一方で、リリエンタールの能力自体が日野家とその周囲に奇妙な出来事を引き起こすようになる。事件が解決されるたびに、リリエンタールの力で呼び出された不思議な事物の名残がひとつずつ日野家に加わっていく。庭に半分埋まったバス、あるはずのない上階へと向かって延びる赤い階段、ゴムの兵士、幽霊、など。



1.
 よく知られているように週刊少年ジャンプでは、各漫画の掲載順とその打ち切り基準とが、読者アンケートの結果によって厳密に決められている。一定の周期で作品の入れ替えがおこなわれ、アンケート下位の2〜4作品程度が打ち切りとなり、同じ数の作品があらたに連載を開始する。入れ替えの間隔は10週から15週といったところで、この決して長くはない周期で訪れる打ち切りの恐怖に晒されながら各作家は漫画を書いているわけだ。連載開始前にいくら壮大に構想を練っていたとしても、アンケート結果が芳しくなければ大幅に方向性を修正されることも強いられる。全部で約20作品あるうちの10〜20%がだいたい3ヶ月程度で入れ替えられるという状況下では、落ち着いてじっくり書くことは難しそうにも思える。大抵の作品は、当初に思い描かれていたかもしれない理想の結末に到達することなく、唐突で消化不良な終わりを迎えることになってしまう。
 このような仕組みが本当に質の高い漫画を生みだすことにつながっているのかどうかはなんとも判断し難いけれど、全体に独特の緊張感をもたらしている側面はなくはないし、掲載作品が淘汰される量とその速さが容赦ないので、生態系が急速に遷移する模様を見ているようなおもしろさもあったりする。
 実際これまで打ち切られてきた作品は、たとえその脱落を惜しく思ったとしても、これが終わらされるのも仕方がないかな・・・と納得してしまうような出来のものがほとんどだったとも思う。個人の好みなんて千差万別であるはずだけど、単純に多数決でおこなわれる淘汰を繰り返していくと、それは個人の評価にもだいたい合致する結果に収斂するのかもしれない。その個人が極端に特異な嗜好を持っているのでないかぎりは。そして大概の場合、ひとは自分で思っている以上に凡庸だったりするのだし。
 とはいっても当然そこには全体に対する偏差というものがあって、だからときどき、これがジャンプでさえなければもっと長い目で育てられてしっかりと成長していたかもしれないのに…… という作品が現れることがある。(たとえばちょっと前だと、“フープメン”というリアル指向のバスケ漫画がそうだった。)

 この“賢い犬リリエンタール”も、僕にとってそういう種類の作品に当てはまっている。
 作者は、読切3作品が掲載された後にこの“賢い犬リリエンタール”で初連載となった葦原大介。現在の連載順位は実に際どいところを推移していて、連載開始から5ヶ月経ってこうして少なくとも単行本第1巻の発売まで至ったことに安心はするものの、いつ終了の文字が目に飛び込んできてもおかしくない日々が続いている。こんなに良い漫画なのになぜ、と思わずにいられないけれど、同時に、これはジャンプのテイストには合ってないのかもな…… という直感もあったりする。この作品はたぶん、誰が見ても間違いなくおもしろさを保証できるような種類の漫画ではない。でも僕にとっては、それなりの時間を費やしてこういう文章を書く気にさせられるほどに特別なものになってきている。
 好きなところはふたつあって、それは雰囲気と絵柄。
 作品の雰囲気は、とてもほのぼのしている。暖かく心地良い。脱力的な言語感覚もすばらしい。なおかつそれらは、時折シームレスに移行する緊迫的展開と表裏一体のものでもあって、だからこそ引き立っている。まあ、ただほのぼのしているというだけなら、そういう漫画はいっぱいあるのかもしれない。より独特だと思っているのは、非常にしっかり描かれた絵柄の方。
 基本的にこの作者は、絵の技量が非常に高いと思う。細い線ではなく、明確な輪郭の太線で構成される絵なので、構図やデッサンが中途半端では成り立たないはずなのに、どのコマも単独のイラストとして通用するほどのクオリティで描かれている(ちょっと言い過ぎかな...)。たとえば第二話で、てつこが窓から身を乗り出してはるか下方に広がる地上を認めたとき、上空の強い風が彼女の長いツインテールの髪をなびかせるシーン。一枚の絵で風の強さと地上の遠さとが効果的に表現されていて、高所恐怖症の人には実際に恐怖を喚起させるのではないかというぐらいの臨場感を持っている。
 丁寧な絵柄と同じように、ストーリーや展開からも安定感を感じることができる。突飛な超常事象が続発するにもかかわらず、作品内論理の整合性がきちんと通されているので、強引だと思うことはない。キャラクターの心理模様もきわめて自然で、理解できる。敵として設定されている側の人物たちも含めて登場人物全員が、与えられた位置付けに応じた合理的な行動動機で動いている。読者が何か引っかかるように思う部分があったとしても、次の週には作品内人物もそれを指摘していたりするので、読者だけ置き去りにされてうやむやに進んでいくようなことがない。そのためもしどこかで疑問を感じても、今はわからなくても何かしらちゃんとした理由があるのだろうと信頼することができる。
 そういったことはすべてプロの描く漫画としては当然の水準として期待したい事柄ではあるのだけれど── でも週刊連載、とくにジャンプのようにアンケート結果が作品の生死を厳然と左右する過酷な環境では、そうした最低限の構築作業が顧みられないことも少なくないのが実情だったりする。だからこの作品が連載当初から変わらず丁寧な描写を維持し続けていることには、それだけで肯定的な印象を感じてしまうし、このまま流されずに生き延びていってほしいと強く思う。……どうも僕には、このほのぼのしたマイペースの漫画がジャンプの弱肉強食の世界でサバイバルしているということで庇護本能的に関心を寄せている面もあるかもしれない。
 この作品が描こうとしている主軸は、最初からわりとはっきり示されてもいる。変わりものと言われることにトラウマを負っている〈姉〉てつこと、変わっていることの究極でもある〈弟〉リリエンタールというふたりがキーとなる対で、その交流のなかで徐々にてつこが自分を肯定していくようになる、というのが今後辿るはずの道筋だ。それはとても長い時間がかかる過程になるに違いないのだけど、きっとこの作品ならきれいに納得いく収拾を見せてくれると思う。それまで連載がもつのであれば、だけども……。つまり作中人物たちの行く末がどうなるのかが、作品内論理や作者の意向によって決まるだけではなく連載が継続するかどうかという作品外の事情からも決まってしまうわけだ。連載漫画には、映画だとか書き下ろしの小説のように既に完成して目の前に示されたものとはちがって、そんなふうにリアルタイムで命の灯を揺らめかされているようなスリリングなところがある。
 生き残るためには手段を選ばず、脈絡なき路線変更や明らかに読者受けを狙った新キャラの投入も辞さないジャンプの風潮のなかで、競争とはそぐわない心温まるこの作品ができるだけ続くことを願わずにいられない。











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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell