2004年から2006年の間、東浩紀の仕切りのもとでさまざまな分野の専門家を集めておこなわれた “ised/情報社会の倫理と設計についての学際的研究” という研究会があった。
当時、ウェブ上で議事録が毎回公表されていたのだけど(http://www.glocom.jp/ised/)、どれもおそろしく密度が濃い議論で、自分の怠惰な頭を活性化する刺激に満ちていたものだった。
基調講演をおこなったメンバーを順に挙げると次の通り。
[設計研] 石橋啓一郎、八田真行、楠正憲、井庭崇、近藤淳也、村上敬亮、鈴木健
[倫理研] 鈴木謙介、白田秀彰、北田暁大、加野瀬未友、高木浩光、辻大介、小倉秀夫
毎回このうちのひとりが基調講演をおこない、それにもとづきディレクターとゲストコメンテーターを加えた全員で共同討議をおこなう、という構成だ*1。錚々たるメンバーだともいえるし、どう議論が進むのか皆目見当もつかない多彩なメンバーだともいえる。けれども議論そのものは、迷走しがちではありながらも非常におもしろく展開していた。
たとえば倫理篇の大きな軸のひとつである「監視社会」というトピックに関しては、辻大介の基調講演から始まる第6回の共同討議がひとつのクライマックスだったと思うのだけど、このときみたいに辻大介-高木浩光-白田秀彰なんていう組み合わせが議論するというような状況自体、他ではあり得ない気がするし、実際 ised 以後に同じメンバーで同じぐらい踏み込んだ議論がおこなわれたことなんてないんじゃないかと思う。そしてこんな感じの異種的な組み合わせで普段接点のなさそうな人たちの議論が、倫理篇でも設計篇でも毎回おこなわれている。しかも、完全にすれ違って話も通じないなんてことにならず、お互いにもかなりの刺激を受け合っているようなのだ。そのように業態横断的で、なおかつ実はこの話題を語るならこのメンバーが最強、というような組み合わせのディスカッションが設計篇・倫理篇合わせて14回もおこなわれていたというのは、奇跡に近い出来事だったと思う。
今でも上記のサイトは残っていて内容も読めるようなのだけど、やっぱりウェブ上での読みづらさというのもあるので、どうせすぐ書籍化されるだろうからそしたらまたじっくり読もう…と思っていたら、そのまま忘れ去られたかのように長い年月が経ってしまった。
実際のところ書籍化にはいろいろ難しい経緯があったようなことがあとがきに仄めかされている。単純に議論の総量と、参加していた人数、内容自体の幅広いことだけを考えても、本にするのは大変だろうというのは直感としてわからなくもない。
でも、絶対いつか書籍化されるはず、ということはずっと確信していた。だってあれだけの内容が世に埋もれたままになってしまうなんてあまりにもったいなさすぎるって、一度でも ised に触れたことがある人なら思うはずだから……。そしてようやく、5年近い歳月が経ってついに書籍化された。
東浩紀のあとがきで『当時はまだ、YouTubeもニコニコ動画もなかった。GoogleストリートビューもなかったしTwitterもUSTREAMもなかった』とあって、たしかにあのとき、現在を彩るそうした主要なサービスがひとつもなかったというのは感慨深くもある。5年も経ってしまえば世の中が劇的に変わってしまうのも当然だ。だから早く書籍化すればよかったのに・・・ともちょっとは思うけど、こうやって読んでみると、時代の落差のようなものは意外と感じなかったりする。というのは、あのとき議論されていた事柄が現在すっかり解決されてしまっているわけではなく、むしろまだ問題が取り組まれているその途上にあるからだ。逆に言うと、今、世の中で話題になっていたりするようなトピックの萌芽はだいたいこの ised のなかにあるといってもそんなにおおげさではないと思う。*2
──本当はもっと内容に踏み込んだことをここに紹介するべきな気もするけれど、そのためにはこの二冊をもう一度じっくり読まなくてはならない。あのときisedの議論を追いながら自分が考えていたことをいろいろ思い出していかなければ。
それにしても、倫理篇480ページ、設計篇490ページというのは…… こうやって本という物のかたちにしてみると、その量が明示的に把握できて壮観だ。あのとき読んでいたものは、こんなに大量のものだったのか、というふうにあらためて驚く。この圧倒的な量だけみても、ised がいかにとんでもなく希有な研究会だったかがわかると思う。
- 作者: 東浩紀,濱野智史
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- 発売日: 2010/05/25
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