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 阿部和重 “ピストルズ”






ピストルズ

ピストルズ






 シンセミアISBN:402257870X, ISBN:4022578718と同様、山形県神町を舞台にした物語。(see also. http://d.hatena.ne.jp/LJU/20080315/p1
 登場人物は基本的に異なっているけれど、シンセミアで起きた事件への言及がたびたび為されるし、ピストルズでの登場人物たちにも事件との間接的なつながりがある。“ニッポニア・ニッポン”“ミステリアス・セッティング”などへの関連もあり、作品横断的なノードになっている。また、このなかで語られる重要なエピソードのひとつは“グランド・フィナーレ”と共通で、そこでの登場人物たちを別の角度で見せている。
 ピストルズで焦点を当てられているのは、秘術を使うと言われる菖蒲家の一族。人間の精神を操る術を、はるか昔から一子相伝で継承し続けてきている。当代は父親の菖蒲水樹、そしてその継承者として、天才的な才覚を示す四女·菖蒲みずきが控えている。
 神町に住むある書店主が、小説家である菖蒲家次女と知り合う機会を持ったことを端緒にして、一族の秘密と歴史を少しずつ明かされていく。


 “ピストルズ”ってどういう意味だろう?って思って作者のサイトを見たら、トップで出てきた画像に書かれてた。

pis·til [ pístl, -til ]
 [名]《植》 1 雌ずい, めしべ
 2 ((集合的)) 雌ずい群. pis·til·late / pístələt / [形]


 生殖・受精、つまり伝承の暗示。


 自分の自由意志で行動しているつもりでも、それはすべて先代による精神操作の結果であるかもしれないという疑念。束縛から逃れようとあがくものの、その抗いすらも計略のなかに見込まれているかもしれず、終わりのない懐疑に苛まれる。
 すべては一族の秘術を次代に継承しようとするために定められている。
 秘術の伝承を絶とうと考えているはずの自分も、いつのまにか娘に対し先代と同じ過酷な修業を課してしまっている。そしておそらくは先代もまた連綿と伝わるこの呪縛に従って行動していただけであるとするならば、直接的に戦うべき相手などは初めからいないわけであり、ならばいったいどのようにして連環を終わらせることができるのか。




(以下、ネタバレ含むメモ)


p96
 《一族の秘密を話すけれども、あとでその分の記憶を消す》と予告されたため、記憶を消されたあとも記録が残るように手記を綴る…… という形式で書かれている小説。
 どうせあとですべて忘却させられてしまうとわかっているのにそれでも秘密を聞くというのは、どのような意味があることなのか?
 一瞬だけでも納得・理解を得ることは、直後にそれが失われたとしても価値があるものなのか。

p103
 秘術を継承し続けてきた一族。1200年の伝統があると言われている。しかしそれは嘘かも知れないという可能性。祖父がそう言っているという以外に根拠がない。その確実性はどのように担保されるのか。 cf. 構築主義歴史観
p472 でもそれが本当であるかもしれない、というひとつの客観的証拠の登場。(「真っ赤な巨石」)

p126
 秘術伝承者は代々同じ名前を付けられる。
 非-伝承者である次女のペンネームも伝承者の名を模している。

p198
 オルタナティブメディスンへの本書の基本的なスタンス。
 妙な説明口調で書かれた違和感ある文章。→「補遺」にて自己言及されている。

p214
 先代伝承者によって自分に加えられているかもしれない、精神制御プログラム。

「自身の言動のいっさいの背景を疑ってかからねばなりません」


 自分本来の情意と偽者との区別はどのようにつけられるのか。
 自分では呪縛を解くことはできなかった。次の継承者である自分の娘に、自分の呪縛を解くよう託す。

p267
 秘術の効かない特異体質。
 その体質を一族の血に取り込むことで秘術の欠陥を改善しようという意図?

p322

「一見つながりのゆるそうな、ばらばらに語られたあまたの事柄が、たまたまひとつの事実を証拠立てたみたいに感じられたからといって、そのまんま鵜呑みにするんじゃないぞ。なぜならそれは全部が全部、ひとりの人間が考えだした策略の一部だからだ。真実と虚構がまだらにからまりあってひとつになり、この家の伝統が構成されているってわけじゃないぞ。そうではなくて、まるごとすべてがひとりの人間がでっちあげた出鱈目にすぎないんだ。みんなそれを忘れるな」


p474
 祖父もまた前代の秘術継承者に呪縛されていたはず。
 代々、自動的に完遂される精神制御プログラムによって次の継承者が呪縛される。
 どうやって洗脳を解除することができるのか。あるいはそれは不可能な企てなのか。

p488
 次代継承者である四女みずきの持つ〈愛の力〉→ 歌の力。

p562
 手記の語られる相手として想定されているのは自分の娘だったことが明らかにされる。そして同時に、この私的な手記は意図せざる経緯によりファイル共有で流出していたことも判明する。

p662
 “インディヴィジュアル・プロジェクション”と同様に、小説末尾にあるこの短い補遺こそに神髄がある。
 本編できれいに完結したと見せて、補遺によってすべてを覆す。
 「呪縛からの解放」という点から言うならば、このような補遺によってすべての真偽が曖昧にされてしまうということそれ自体がひとつの解放の仕方ではあるのかも。













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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell