::: BUT IT'S A TRICK, SEE? YOU ONLY THINK IT'S GOT YOU. LOOK, NOW I FIT HERE AND YOU AREN'T CARRYING THE LOOP.

 [ABOUT LJU]
 [music log INDEX] 
 

 三島浩司 “ダイナミックフィギュア”





ダイナミックフィギュア〈上〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈上〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈下〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈下〉 (ハヤカワSFシリーズ―Jコレクション)






 いわゆるロボットもののSF小説
 約400ページ・二段組の本が上下巻で二冊もあるというかなりのボリュームだけど、一気に読み終えた。
 たぶん、「SFが読みたい! 2012年版」で国内篇の第1位になるんじゃないかな、と思う本。


 あえて先に書いておくけど、好きになれない部分はけっこう多かった。
 たとえば、ネーミングセンスや女性言葉の台詞など。
 ネーミングは、厨二病的センスとはまた違ってはいるのだけど、少なくとも現実の日本社会ではこういう名前は絶対付かないだろうというものが多い。一般の隊員が部隊通称を「白き蝉」などと付けるとは思えない。せいぜい「蝉」ぐらいじゃないかな、呼ぶとするならば。それと、日本の公的・半公的組織名で「ボルヴェルク」とか「セグエンテ」とかもないよなーと思う。商業施設やマンションのネーミングセンスのよう。(「走馬燈」や「パノプティコン」はわりと適切だとは思うが。)
 それから、これは俺が日本の現代小説一般を読むときに必ず気にすることだけど、いわゆる女性言葉が出てくることに萎えてしまう。昔の小説や翻訳小説であれば気にしないけど、現代小説で、なおかつリアリズムを追求しているような作品で女性言葉が出てくると、嘘っぽく感じてならない。
 他にも、グラフィックデザインの仕事ってそういうものか?とか、作戦に関連する重要な外交要員にパイロットの近親者を据える人事ってあり得るか?とか、いろいろ細かく納得いかない部分があった。士気高揚のためのポエムみたいな台詞も辟易。
 また内容以外にも、場面シフトなどでストーリーテリングがそれほど上手ではないと思うようなところもある。

 ただし、そのように引っかかる部分が多々あるにもかかわらず、作品設定のおもしろさについては疑いようがない。
 
 この作品は、ひとことで言えば 《人型機動兵器なるものがリアリズムを失わずにいかに可能か》 ということを追求したものだ。
 人型機動兵器というのはSFアニメでおなじみのガジェットではあるけど、工学的・軍事的リアリティを考えると実際には説得力がない、というのがだいたいのところ通説となっている。要するに、人型であることの積極的なメリットっていうのがない。ガンダムなんかではミノフスキー粒子という設定でなんとか辻褄を合わせようとしているわけだけどそれでもやっぱり無理矢理な感じは否めないし、エヴァの場合は人型である明確な理由はあるけれど、どちらかというと世俗を超えた超越的な理由になってしまっている。*1
 で、このダイナミックフィギュアではそうした理由付けの構築が傾注され、人型機動兵器を無理なく登場させるためのSF的リアリティが実に緻密かつ丁寧に組み立てられている。
 
 そのために作者が用意した設定は、以下の通り。

    • 異星から侵攻してきた知性体が、地球の周回軌道上にリング状の巨大構造物を築く
    • リングは、直下にいる生物の心理状態に負荷を与える効果を発している
    • リングは地球全表面を覆うような回転をおこなっているので、世界中のあらゆる場所であらゆる人間が一日に二回、心理的フリーズ状態に見舞われる
    • 一部リングの欠片が落ちてきた場所があり、そのまわりの一定範囲はリング本体と同様の効果が永続しているため、基本的に侵入不可能な地となっている
    • 欠片のまわりには、異星人に創造されたと思しき怪物的な生物が徘徊
    • この生物は、生存中に得た新規概念の情報を死亡時に次代に伝え形質に反映させることで、驚異的かつ急速に進化する生態をしている 
    • いまのところは地上を歩き回る程度だが、もし飛行概念や強力な戦闘方法の概念を手に入れたら、対処できなくなってしまうだろう
    • 情報を後続世代に伝えさせないためには、各個体を駆除する前に、体内の〈走馬燈〉と呼ばれる情報蓄積器官を破壊しなければならない

 以上のような状況のもと、欠片の落ちた四国を舞台にした攻防の行方を描く。
 〈キッカイ〉と呼ばれるこの生物が概念獲得によって進化するという設定が、人型機動兵器が必要とされる大きな理由となっている。つまり、彼らに航空兵器を見せるとその姿から「翼」や「飛行」という概念を与えてしまい、次の世代では空を飛んで世界中に拡散してしまう危険がある。欠片の周辺は心的負荷効果によって翼を持つ生物が死滅したため飛行概念を獲得される心配はないが、ミサイルなどは小さくても翼があるため使用することができない。だから、航空兵器による爆撃で彼らを退治することはできない。過去には彼らを化学兵器で攻撃してしまったこともあったが、その後の世代が毒を発する能力を備えてしまい厄介なことになった。ライフルなどの重火器攻撃ならば模倣できないので問題はないと考えられている。
 このような条件のもとで〈キッカイ〉に対抗するためつくられたのが、ダイナミックフィギュアと呼称される人型機動兵器というわけだ。〈キッカイ〉の動きに対する戦術的な柔軟性のため人型をしているというのもあるが、なるべく新たな概念を与えないために人と同様の形態をさせた、という理由が重要。
 もちろんこれらはあくまでもSFとして用意された設定であって、現実世界で人型機動兵器が必要となる条件が提示されているというわけではない。
 ひとえに小説の「リアリズム」といってもいろいろなかたちがある(cf. ウェイン・ブース “フィクションの修辞学”)。「社会的現実」を語ることこそが小説にとってのリアルだという考え方もあるし、いかにもフィクショナルなご都合主義的展開を排することこそリアルだという考え方もある。SF小説の場合は、SFというフォーマットを採っている時点で既に何らかの非現実的な想定が持ち込まれてるはずなのだから、ある意味どうあっても「リアル」ではあり得ない。だけど、どんなに現実にはあり得ない荒唐無稽な条件を用いていたとしても、少なくとも小説内での首尾一貫性を保っていて納得いく説明の手順を踏んで展開されているならば、それはSF的なリアリズムと言えると思う。

 そして、この機動兵器をめぐる国家間の政治が、政治的リアリズムとも言えるようなさらに複雑な要素を加えている。
 ダイナミックフィギュアは、四国に欠片が落下したせいで戦いの最前線となってしまった日本が、侵略者迎撃のため技術の粋を集めてつくりあげたもの。それは非常に強力な兵器であり、駆動源には異星技術も流用していたりもするため、国際的軍事バランスにおける脅威にもなってしまっている。とはいえ〈キッカイ〉の拡散はもちろんどの国も望むものではない。そこでダイナミックフィギュアの出動に際しては、日本周辺の6国家/地域がその都度同意して初めて作戦開始できるような多国間条約が結ばれている。より厳密に言うと、日本以外の条約メンバーには「不許可」「許可」「承認」の選択肢が与えられており、全員が「許可」を出せば出動可能、さらに「承認」まで出されればその数に応じて戦闘による被害への補償も得られる、という具合だ。従来兵器がまったく無効というわけでもないので、この特別攻撃機を出動させるにあたって各国はさまざまな要素を計算して選択をおこなうことになる。
 こうした状況が出動時に独自の味わいを醸し出している。ふつうのロボットものSFだったらエネルギー充填状況のグラフなんかがあるだろうところを、この作品の場合は各国の政治決定状況が司令部内のパネルで表示されてたりする。「承認」の数が少ないから被害補償額は低いけれどとりあえず「許可」は全部揃ったので出撃させるか、などといった判断がおこなわれるわけだ。
 もっとも、政治要素の内容自体はそれほど複雑なものにはされていない。SFマガジン3月号で作者本人が「政治性を強くして生々しくなってしまうことは極力避けた」というようなことを語っている。それでも随所から作者のポリティカルなスタンスが透けて見えないこともないのだけど、小説全体としてはこの言葉通り当たり障りのない範囲に踏みとどまっているようには見える。結局のところ、すべての設定は人型兵器の存在に説得力を持たせるために用意されたものであって、その点に関してはまちがいなく成功している。


 こうした基本的な設定を説明するだけでもけっこうなページ数が過ぎていくし、さらに加えて登場人物数も非常に多いのだけど、起こる出来事が設定ときちんと絡みながら編成されているので、主として設定への興味に駆動されて読み進めていける。ダイナミックフィギュアがさらなる新技術で改良されて超絶的にパワーアップしたりするなど、読み手を引き込む要素もいろいろある。(このあたりはロボットアニメの伝統的フォーマットをきちんと踏襲している。)
 とにかく「世界設定が充実したSF小説」というのが好きなので、この作品がきっかけとなってそういう風潮がもっと広まればいいのになと思う。


 関連して、“進撃の巨人”について語る竹熊さんの Tweet

俺は、「進撃の巨人」のような、はじめに設定ありきの作品が登場して大ヒットしていることは、マンガ界が「次の段階」に移行する予兆に思えてならない。すなわち「キャラありき」の作り方から「設定ありき」へと再び移行するような気がするのだ。
http://twitter.com/kentaro666/statuses/41542172142616576


 参考というより、俺自身の願望としてメモしておきたい。




*1:ボトムズパトレイバーガサラキあたりとの比較も必要な気がするけれど、そのあたりはもっと詳しい人がいくらでもいると思うので……






music log INDEX ::

A - B - C - D - E - F - G - H - I - J - K - L - M - N - O - P - Q - R - S - T - U - V - W - X - Y - Z - # - V.A.
“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell