“Corporate Warriors: The Rise of the Privatized Military Industry”
2003
Peter W. Singer
ISBN:4140810106
- 作者: P.W.シンガー,Peter Warren Singer,山崎淳
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2004/12/22
- メディア: 単行本
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ウェーバーによれば「国家」とは暴力を独占するものとして定義され、軍隊はその主要な装置とされる。
通念としてもこの認識は広く共有されてきたことと思う。つまり、戦争をおこなう軍事力はすべて何らかの国家に属するもののはずだという、暗黙で疑われることのない認識。911後の「非対称戦争」の時代においても、少なくともその一方の側は相変わらず国家およびその軍隊であるとイメージされているのではないだろうか。
しかしこの書はそうした認識を揺るがせる。
湾岸戦争以後、現代世界の主要な戦争・紛争を調べると、実はそれらの帰趨を国家が直接動員する範囲外の軍事力が決定付けてきたことが見てとれる。国家外の軍事力とは、企業としての軍事力、すなわち「戦争請負会社(PMF, Privatized Military Firm)」だ。現代の戦争は、こうした民間軍事企業に一般通念をはるかに超えて依存するようになってきている。
……というようなことを言わなくても、端的に「伊藤計劃ワールド」という一言でこの本の説明は済むような気もする*1。要は『戦争広告代理店(ISBN:4062750961)』にも通じる「戦争の民営化」の一環の話なんだけど、こちらはもっと直接的に軍事行動をおこなう企業を主題としている。ウェーバー的な定義で言う「暴力の独占」図式に挑戦し、国家の定義を脅かしかねない存在。
基本的には、こうした軍事請負企業群の分類と整理に徹した本であり、ドキュメンタリーのような時系列順の再現記述といった内容とはなっていない。
結論として強調しているのは、戦争の主体が国家からこうした民間企業に移りつつある現状を理解することの重要性。
- 国が「傭兵」に頼らず戦争を遂行するという形態は、歴史のなかではむしろ希。
- 現代の「軍事請負企業」は「傭兵」の一種とも言えるが、決定的な違いも持つ;
- 法人企業であること。個人的利得ではなく事業利得によって動く。
- 少なくとも名目上は、本国において合法的存在。
- 自由市場で取引し、より大きな金融会社や巨大複合企業と関連する。
- 軍事請負企業の三つのタイプ
- 軍事請負企業の顧客事例
- 軍事請負企業の問題点まとめ
- 軍事請負企業の活動は国内法も国際法も及ばないグレーゾーンに位置する。
- 軍事請負企業は利潤追求を本義としており、顧客や大衆との利益相反の可能性がある。
- 民間企業の契約にまつわる一般的問題が軍事請負企業の契約にも同様に生じる。(過大請求、品質保証の問題など)
- 統制の問題。企業が業務を不履行した場合にもたらされる危機は、一般の請負業務での不履行よりも深刻となり得る。
- 軍事請負企業はどのような者をも顧客とし得る。国家にとって好ましくない相手が顧客とされることによる安全保障リスク増大の可能性。
- 軍事請負企業の活動は議会・国民の承認を必要としない(たとえばアメリカでの一定額以下の請負がそう)。軍事外注によって政府はその行動結果への責任から免れ得る。さらには政府が秘密裏に外交軍事政策を実行することも可能とさせる。
- 問題点個別
- 契約における問題
- 国際情勢への影響
- 従来、軍事力整備には長期間の労力を要した。軍事の民営化は、市場で誰もがいつでも短期間で軍事力を調達できる状況をつくり出す。すなわち経済力が軍事力に直結する。
→力の均衡と抑止の関係が明確でなく予測不可能な状況をもたらす。 - 新しいかたちの軍事援助・同盟関係の可能性
支援国が直接的兵力を派遣することなく、被支援国がPMFを調達するための資金援助のみをおこなうという支援のあり方。
→さらに援助者は国家である必要もなくなり、民間の個人が国際安全保障において決定的役割を果たすようになる可能性。
- 従来、軍事力整備には長期間の労力を要した。軍事の民営化は、市場で誰もがいつでも短期間で軍事力を調達できる状況をつくり出す。すなわち経済力が軍事力に直結する。
- あらたな事態の可能性
- 紛争当事者すべてがそれぞれ軍事請負企業へ発注するような事態も起こる。(ex. コロンビア)
→軍事勝敗を決するのが戦場での作戦ではなく役員会議での財政的買収といったかたちになる可能性の示唆。 - 軍事行動を伴う巨大企業間戦争が生じる可能性
- 紛争当事者すべてがそれぞれ軍事請負企業へ発注するような事態も起こる。(ex. コロンビア)
- その他の問題
この本によれば、兵站提供型のPMFはいわゆる総括原価型契約を結ぶことが多く、過剰請求や追加請求により発注者の予算超過を招く恐れがある。ところが発注者は往々にして軍事運営知識が乏しく(だからこそ軍事を外注する)、PMFからの請求額の妥当性を吟味できない。また、アメリカのような軍事大国が発注者であっても、戦場との間には情報的非対称があるため、やはり請求内容から不透明性を払拭することはできない。(実際、アメリカがバルカン半島支援でBRSに発注した契約では経費が高騰し、発注部門である陸軍が会計検査院から告発された)
本書ではこうした問題に対し、発注者すなわち公的機関の担当者がもっとこの業界を勉強すべきであり、PMFの「監視」「コントロール」「発注形式の基礎構築」といった部分はあくまで国家がおこない、民間に任せるべきでない、と主張している。
しかし実際の動向としてはその逆に進むような気がしなくもない。つまり、兵站提供PMFの業務を第三者として確認するコンサル型PMFの意義が増大する方向性だ。兵站計画を策定し、兵站実行企業を選定し、入札の段取りと見積査定、契約締結、業務遂行の監理と検収……を一元的に代行してくれるようなコンサル会社。また、直接役務提供型PMFについてもやはり監視監督は重要であり、同様にそれをアウトソーシングする可能性は出てくるはずだ。
本書で語られているコンサルPMFは、あくまでも国軍への技術支援をおこなう企業にとどまり、直接的業務提携関係を持たない他のPMFを監視しマネージメントするようなPMFのあり方については書かれていない。
でも、異なる複数のタイプのPMFが同時にオペレーションをおこなう事態は、本書でコロンビアが事例として挙げられているように既に実際に到来しているわけで(なお、作者は軍事請負の包括契約は避けるべきであり、できるだけ細分化した分離契約がのぞましいとも書いている)、そうした複雑な事態でのPMF監視が国の手に余るものとなっていくとすれば、そこにPMFのあらたな需要と形態が発生するように思える。
いずれにせよ、自律的に判断する国家同士の戦争という形式は実態としても一般認識としても消失の方向にあるのだろうけども、代わりに来るのは契約関係で結びついた複数の関与者による利害複雑化という図式であり、そしてこの複雑化を回避するための調停・制御企業の需要と参入が、実際には利害関係をさらに込み入ったものにしていく……という未来はありそうな気はする。