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 マイケル・ルイス “フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち”



FLASH BOYS: A Wall Street Revolt”
 2014
 Michael Lewis
 ISBN:4163901418







 株式市場の超高速取引(超高頻度取引, HFT/High Frequency Trading) をめぐるノンフィクション。
 だけど読んでる感覚としては、ほとんどSF小説のようでもある。(高度技術のアドバンテージが社会に与える影響を描いているという意味では、やってることは同じだと思う。)
 舞台設定:コンピュータ化された株式市場。
 登場キャラクター:マイクロ秒単位という極小の時間差を利用した絶対不敗の“後出しジャンケン”で利益を得る超高速取引業者たち、そしてそれに対抗しようとするチーム。


 現代の株式市場は既に “ロボット同士の戦場” となっている。超高速で取引アルゴリズムを実行し、競争相手より少しでも先回りしようとする自動プログラムたちの戦い。それは情報通信の理論的限界である光速という水準に近づきつつある。光速、すなわち真空中で29万km/秒、つまり1ミリ秒で299.8kmという速度。
 この書の幕開けとして語られるのは、取引所間を極限まで直線に近づけた独占的な光ファイバーを敷設し、通信速度をマイクロ秒単位で削減しようという奮闘。
 実際、第1章のこの掴みは非常にアトラクティブ。とはいえ続く各章の視点はそうした努力の逆へ向かい、超高速を競うこのような取引業者たちにいかに打ち克つかという物語に展開する。
 それまで認知していなかった市場の陥穽の発見、対処するための調査、必要なメンバーの招集。対抗手段の開発、そしてさらなるステップ、抜本的改革への挑戦。
 基本的には、問題の発生とその解決の物語。
 ただしこれは終わっていない現在進行形の事態であって、現実の世界で今も継続している話だ。

 この本はIEX側に立って一面的に書かれている、ということもよく指摘されてはいるみたいだが、超高速取引の是非を問うよりも、技術進展は古典的な市場といったものをとっくにまったく別のレベルのものへ変容させてしまっている、という事実を認知させられることにともかく意義がある。
 最前線のトレーダーですら、この本で書かれているような市場の変貌には長く気づかなかったのだから、世界の大多数が認識する間もなく、ある日突然、世界的な金融システムの大混乱が生じるという可能性は充分にあり得ること。2010年5月6日には既に、超高速取引も要因のひとつに数えられる瞬間的暴落、いわゆる “フラッシュクラッシュ” が起こっている。(わずか数分間にダウ平均が9%下落。リーマン・ショックとは比較にならない短時間での暴落。)
 そのようなカタストロフィのあたらしい形態を示しているという点においても、まさに到来している最中の未来を進行形で描くような本であって、文字通りカッティング・エッジな内容。






登場人物

  • 問題の発見、対処の開始
    • ブラッド・カツヤマ:トレーダー。RBC (Royal Bank of Canada) ニューヨーク支店株式部門の責任者。株式取引での不可思議な現象に遭遇し、その究明を始める。
    • ロブ・パーク:技術者。通信大手MCIコミュニケーションズ出身。情報通信技術に精通し、株式取引のレイテンシー・タイムを理解している。超高速取引業者からの取引速度向上に対応。“コンピュータの言葉を人間の言葉に訳してくれる翻訳者”。RBCにてブラッドに採用された。
  • いったいどのような事態が起きているのかの究明。株式市場調査をおこなうための人員を採用し、チームを編成。
    • ビリー・ジャオ:ドイツ銀行のソフトウェアプログラマー
    • ジョン・シュウォール:バンク・オブ・アメリカの電子取引部門のマネージャー。執念深さがあり、情報収集で貢献。
    • ダン・アイゼン:コンピュータ科学を専攻し卒業したばかり。マイクロソフト大学生パズル選手権優勝者で、数学・論理に強い。“パズルマスター” “パズ”。対HFTプログラム “Thor” を開発。
    • アレン・チャン:プログラマー。ダークプール用のコードを書いた実績がある。
  • 啓蒙活動の開始
    • ローナン・ライアン:電気通信業界出身。超高速取引業者の技術職。超高速取引がいかなる茶番であるかを説明する役割としてRBCに雇われる。ブラッドとローナンは、互いに不足知識を教え合う。
  • あらたな証券取引所の開設、そのための人員の参加。
    • ドン・ボラーマン:超高速取引と証券取引所を深く理解している人物。ナスダック証券取引所出身。総合的理解力。
    • フランシス・チャン:取引所開設の際にパズから紹介される。同様にパズルの全米チャンピオン。取引所のルールすべてを、コンピュータが実行できるように順を追ったインストラクションに翻訳。→あらたな取引所のルールを、つけこまれる余地がないほどシンプルにする。
    • コンスタンティン・ソコロフ:ボラーマンがナスダックから引き抜いた。パズルマスターふたりに証券取引所について教える指南役。ロシア出身。旧ソ連制度環境で育ったため、システムをすり抜けることに長けている。
    • マット・トルドー:このなかでただひとり、証券取引所を開設した経験がある。自動車保険クレーマー処理、その後、外国にアメリカ式のあたらしい証券取引所(Chi-X Global)をつくる仕事に従事。
    • ゾラン・ペルコフ:システム技術者。ナスダックで、株式市場の中枢コンピュータのオペレーションに関わる。どうすれば予測できない性質を持つシステムを安定させられるのかを考察。危機に強いタイプ。
    • ジョシュ・ブラックバーンイラクおよびアフガニスタンで、戦闘地域をビジュアライズする軍務に従事。

 

  • ゴールドマン・サックスの変化
    • セルゲイ・アレイニコフ:ソフトウェア技術者。ゴールドマン・サックスから告発される。ゴールドマン・サックスが技術詳細に精通していないがために起きた告発? 裁判を通じゴールドマン・サックスは超高速取引の実態についての理解を深め、その結果、IESによる変革に協力する気になったのでは、という解釈。



超高速取引業者の戦術

  • 取引画面に表示される市場と現実の市場との間に食い違いが生じるのはなぜなのか。
    取引ボタンを押したときからその注文が取引所に届くまでの間に、何が起こっているのか。
    • 注文が届くまでにかかる時間が取引所によって異なるという事実を利用してフロントランニング(先回り)をしている者がいる。
      小口の売買注文によって、投資家がどの株を売買しようとしているのかを事前に知る。
      一般投資家が購入ボタンを押すと、まだ注文確定ボタンを押す前に超高速取引業者が先回りしてしまう。
      極小時間の情報格差を利用し、一切リスクを負わない利益獲得が可能となる。
      →それは市場の重荷と捉えることもできる。
  • 報奨金優位を探すルーターアルゴリズムが取引を左右するのだが、しかしそれが超高速トレーダーに利用され、餌食にされてしまう。
  • 手数料と報奨金の設定を逆にする取引所があるのはなぜか。→ブローカーをおびきよせ、フロントランニングのための情報を収集できるメリット。
  • 情報格差による利益獲得
    • 何度問題を解決しても、中間業者はまた次の機会をつくりだし、投資家をだしにして金を稼ぎ出す。それこそがウォール街の歴史。
  • ダークプール:大手ブローカーが運営する私設取引所。内部での取引詳細は公表する必要がない。(IEXもダークプールに区分される。)
  • Reg NMS / Regulation National Market System(全米市場システム規約)
    • ブローカーは株の売買注文を依頼された顧客にとって最良の市場価格を見つけることを求められる。“最良の価格”の定義:全米ベスト・ビッド・アンド・オファー。
  • SIP / Securities Information Processor:市場全体を見極めて全米ベスト・ビッド・アンド・オファーをつくりだすメカニズムを実行するコンピュータ。
    • 超高速トレーダーは、SIPの旧式計算技術の遅いスピードよりもはるかに高速で精巧な同等バージョンを構築。超高速トレーダーに見えている市場と一般投資家に見えている市場との間にある時間差を利用。
  • 取引所での注文形式の複雑化
    • 投資家を犠牲にして超高速取引業者が有利になるようつくられている。超高速取引業者の注文は、一般投資家についての情報を得るためのツール。
  • 超高速トレーダーの捕食行動は、すべてがスピード頼み。
    • “電子フロントランニング”
    • “報奨金さや取り”
    • “スローマーケットさや取り”


超高速取引業者たちへの対抗

  • 新取引所 IEX の仕組み
    • 超高速取引業者の戦略を根底から覆すほどの距離を生み出してはどうか。→光ファイバーをコイル状に巻き付けて一律な遅延をもたらすことで、超高速トレーダーたちに優位を与えない。Thorがソフトウェアで成し遂げたことを、今度はハードウェアで成し遂げた。一方で、IEX自身はスピードを上げる。
  • 公平性を生み出す IEX の方法
    • コロケーションや、データに特別にアクセスできる権利を認めない。
    • 報奨金を払うことはせず、取引両サイドに同額の手数料を課す。
    • 成行注文・指値注文・ミッドペグ注文の三つの注文形式しか認めない。
    • IEXの独立性の担保。(取引所と直接取引できる者のIEX所有権を認めない)
  • スピードが有利にならない構造をIEXで実現し、注文情報が持つ価値をゼロにする。この取引所では注文に付随する情報が役立たず、悪用されることはない。
    →大手投資銀行とオンライン証券会社は、顧客がIEXでの取引を指定したら、何十億ドルもの収入を捨てることになる。戦いが起こるのは必至。
  • 投資銀行のなかにも利益追求をめぐっての権力争いがあるはず。(必ずしも全員が顧客への利益相反に染まっているわけではない、という希望的観測)
    投資銀行の全員が同じ動機で働いているわけではない。
  • 投資家たちから資金援助を受ける際には、正義や公平性の実現というより、長期的利益という説明の方が効いた。
  • IEXは超高速トレーダーを排除しようとするわけではない。不公平な強みを取り除いた上で、むしろ歓迎。



その他

  • 株式市場で今何がおこっているのか
    • 1秒刻みでチャートを見るのと1ミリ秒刻みで見るのとではまったく違うものが見えてくる。
  • 株式取引アルゴリズム
    • 伏兵アンブッシュ〉〈夜鷹ナイトホーク〉〈奇襲レイダー〉〈闇討ちダークアタック〉などと名付けられたプログラム。
      • ルビ付きのネーミングがされてると、何かいかにも未来SF感があってわくわくする。


 






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell