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 谷甲州 “コロンビア・ゼロ”










 『航空宇宙軍史』シリーズの最新短編集。
 過去作品『タナトス戦闘団』『火星鉄道一九』『巡洋艦サラマンダー』などで描かれた第一次外惑星動乱から40年後。再び起こる航空宇宙軍と外惑星連合軍の戦争を語るシリーズ新展開の初発となる作品集。




航空宇宙軍史(外惑星動乱期)の簡単な説明

  • 時代
    • 人類が太陽系の各惑星へ進出を果たした段階。
  • 勢力
    • 航空宇宙軍:太陽系を制する超国家的軍事組織。地球圏の国家連合に属する軍隊として創始されたが、時代を経るにつれ強大になり、国家から独立した実権と意志を持つようになった。
    • 外惑星連合木星圏・土星圏を中心とした外惑星の国家による協商組織。開発の進展と共に地球圏からの自立と権限拡大を志向し、航空宇宙軍への対抗として軍事同盟に移行した。
  • 戦争
    • 第一次外惑星動乱:外惑星連合による地球圏へのエネルギー禁輸を端として始まった人類初の宇宙戦争武装制限を受け戦力が大きく劣る外惑星連合軍は、商船を偽装改造した仮装巡洋艦や極秘裏に製造したたった一隻の正規フリゲート艦での通商破壊戦によって、予想を超えて善戦する。しかし航空宇宙軍は多数の新造フリゲート艦を配備し、土星圏を攻略して外惑星連合軍の主力である木星圏を追い詰め、最終的に外惑星連合による事実上の降伏で終戦を迎える。
    • 第二次外惑星動乱:戦争終結から40年。航空宇宙軍は内宇宙艦隊を再び拡充させつつ、外宇宙探査へもリソースを振り向けていた。一方、外惑星側では凋落した木星圏に代わり土星圏のタイタンが国力を増強。タイタンの主導によって、航空宇宙軍へ反撃するための技術開発が秘かに始まっていた。そして、航空宇宙軍を驚愕させる新戦力での奇襲をもって、二度目の戦争が勃発する。

世界設定の魅力

  • 戦場
    • 航空宇宙軍史世界の特徴はいろいろあると思うけど、戦略面で見た場合、「地勢が変わる」という点がもっとも刺激的。
       戦略拠点が惑星/衛星/小惑星といった天体であるため、時期によって戦場の地勢状況がまったく変わってしまう。
       たとえば、惑星同士が太陽を挟んで正対している場合と同じ側で最接近する場合とでは、何億kmというオーダーで位置関係が異なる。太陽系内での位置は、直線距離での航行と高重力源を用いたフライバイとでどちらが時間的・エネルギー消費的に有利かといったことにも複雑に関わってくる。
       地球上だと海洋や気象状況といったものなどは「変化する戦場」と言えると思うけど、太陽系全体を使った戦場は比較にならないほど巨大で、文字通り天文学的なスケールで移り変わる。そうした戦場の変化は開戦の蓋然性や技術開発環境の良否といったことにも影響するし、このシリーズはそのような状況を緻密に計算しながら物語に反映させている。(第一次動乱の諸作品では惑星の位置図なんかが載っていたりした。)
  • 技術
    • 戦闘が「ゆっくり」している。艦船の航行速度自体は地球上の兵器よりもはるかに高速であるにもかかわらず、宇宙空間がそもそも広すぎるので、とても時間がかかる。第二次動乱の開戦前までは爆雷/機雷が主要な攻撃手段なんだけど、射出から展開・接触まで平気で十数時間とか経過したりする。戦闘が即時的なものではなく、何かのんびりした感じも受けてしまうが、同時に宇宙がいかに広大かも実感する。
       
    • センシングの重要性。宇宙戦闘では、敵艦の位置とその軌道を掴むことが勝敗を決する。敵位置が容易にわからず全方向に暗闇が広がっている、というのが宇宙空間の孤独と閉塞を強く喚起させられる。
       索敵し、敵の軌道を読んで攻撃手段を投射し、その効果を待つこと。これが航空宇宙軍史シリーズにおける基本的な戦闘形態。超光速シャフトによる恒星間航行や重力制御が可能となった後代においても、相手の動向を読みあって攻撃し合うという艦船戦闘のあり方は大きく変わらない。
       
    • とはいえ、テクノロジー自体は40年前の第一次動乱のときよりも進歩している。
       とくに情報環境。クローン型仮想人格による遠隔のデータ・サルベージなど。仮想人格技術は第一次動乱時代にも既に導入はされていたものの、本格的に実用され浸透したのはこの時代になってから。
       インターフェイスの進歩も目にとまる。視覚に直接接続する仮想モニタなど。こうした描写は第一次動乱の諸作品ではまだ見られなかったと思う。
       長命化技術がふつうに登場する外宇宙進出時代ほどには至っていないけれど、第一次動乱時に試行された生体脳利用技術など身体拡張傾向も続いていて、軍基地侵入を試みるふたりの兄弟の運命を通じて印象深く語られる。

物語

  • 開戦に至るまでのさまざまなエピソードを短編として連ねている。
     登場人物は各エピソードで異なるし、個々の出来事は直接的に関連していないように見える。
     しかしそれらはすべて外惑星連合軍反撃の布石を成しており、最終章『コロンビア・ゼロ』にてすべてが結びつき、ひとつの艦船のかたちをとって航空宇宙軍へ顕示される。

     ……やっぱり圧倒的戦力を誇る航空宇宙軍よりも、前回の敗者であり今なお劣勢な外惑星連合に感情移入してしまうんだけど、40年前と比べると夢の超兵器といってもいいような技術を詰め込んだ新型艦が単機襲来し、優勢に油断していたと思しき航空宇宙軍を狼狽させるというのは、かなり爽快感がある(実際は虚勢的な部分もあったりするけれど)。「サラマンダー」のときは、外惑星側も正規フリゲート艦を持っていた、という驚きを与えたわけだけど、今回の戦闘艦は「10年は先行している」と航空宇宙軍側に思わせるものであって、「外惑星連合、今回は勝てるかも…」なんて期待してしまったりする。
     ――といっても、始まったばかりのこの第二次動乱は、先行作品で後の史実を目にしているわれわれからすると、再度の敗北がもうわかってしまっているわけだけども。(でもそれを言うなら、航空宇宙軍は最終的に汎銀河連合に敗北するという揺るぎない未来も既に周知のことだ。)
  • 航空宇宙軍側/外惑星連合側のどちらかに偏らず視点を交互に変えながら語るという書き方もこれまでの作品と同じ。
     『ギルガメッシュ要塞』と『ガニメデ守備隊』は同一事件を攻守の両サイドからそれぞれ語っているし、『ザナドゥ高地』は書籍をまたいだ『タイタン航空隊』を別視点でなぞり直してもいて、作中人物同様に感慨深くなる。その他、細かいところで人名や出来事がこれまでの作品につながってたりもする。
     この短編集で登場するテクノロジーもすべてが完全に初出というわけではなく、第一次動乱時に外惑星連合がさまざまに挑戦した技術開発が軍事的に実用化される段階へ進んだものであり、技術面の描写も長期シリーズでの時の流れを感じさせるものになっている。
  • あと、これもシリーズの特徴だと思うんだけど、各作品に必ず日本名の登場人物が出てくるのもそのまま続いている。
     民族構成比どうなってるんだ、って思わなくもないけど、国がどこであれ関係なく日本人(日系人)が登場するのが、むしろダイバーシティを感じる。航空宇宙軍史世界の各国って、どれも多民族国家であって、国民国家的なものでないのが良い。


今後の展開

  • 『火星鉄道一九』の作者あとがきでも、航空宇宙軍史のメインストーリーは汎銀河連合の艦隊と死闘をくりひろげるところ、と書かれてるし、本来、外惑星動乱は壮大な序章という感じのはず。
     作者のインタビュー(https://cakes.mu/posts/10329)なんかを見ても、汎銀河連合との戦いは『索敵』だけで終わりというわけではなく、第二次動乱を書いたあとに取り組まれていく予定らしいけれど、いつになったら「本編」の出版にたどり着くのかはわからない。まあ「序章」の時点で充分以上におもしろかったりはするのだが。
  • それはそうとして、本作品によって第二次動乱は開幕したわけだけど、この戦争が必ずしも第一次と同じレベルのまま進んでいくとはかぎらない。
     テクノロジー面では既に開戦時の新型仮装巡洋艦がその能力を華々しく披露したが、物語として考えるならば、今後戦争が続くにつれてこれよりもさらに進んだテクノロジーが戦線投入されて、作中当事者たちおよび読者を驚かせるのだろうということも予想できる。SGが絡んでくるのかどうかもまったく予想がつかない。



参考リンク

外宇宙における戦闘を描くにあたっては、二次にわたる外惑星動乱を緻密に描いておく必要があるといっていい。二度にわたる実戦と、その間の技術開発の期間をおくことで戦術は完成に近づくからです。

  • 刊行順に読む航空宇宙軍史 http://d.hatena.ne.jp/wondertea/20150824/p1
     ……こうやって見るとまだけっこう読んでないのがあるなー。もはや入手困難なのがほとんどだけど、図書館行って読まなければ。






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell