Four Tet “Morning/Evening” （2015)

　8th アルバム。
　“Morning Side” と “Evening Side” と名付けられたふたつの曲だけで構成される。
　どちらも約20分程度ある長い曲。

M-1　“Morning Side”
　同じモチーフのヴォイス･サンプルが曲を通して流れ続けていることが大きな特徴。
　延々とループする曲という印象が強いけれど、実は微少なレベルで遷移していて、初めと終わりとでは異なるシーンが展開している。

M-2　“Evening Side”
　やはり同じようにヴォイス･サンプルがフィーチャーされているけれど、曲を決定付けるフレーズというよりもアンビエンスを形成する素材のひとつとして使われているというのが M-1 と違うところ。

　インタビューなどを見ると、Four Tet / Kieran Hebden にとってこのアルバムは、母方のルーツを再確認する意味をもって制作されたものであることがわかる。音楽としての影響はふたつあって、ひとつは、ボリウッド映画からのヴォイス･サンプル、もうひとつは、インド音楽ラーガと同様の「時間」に対する意識。

　ヴォイスサンプルとして使われているのは、インドのプレイバック･シンガーの大御所 Lata Mangeshkar。“Morning side” では、1983年のボリウッド映画 “Souten” での使用曲 “Main Teri Chhoti Bahna Hoon” のフレーズが繰り返し流れる。
　もともと Kieran Hebden は特にインド音楽に関心を持っていたわけではなく、祖父が亡くなった際にインドの映画音楽や宗教音楽のレコードを受け継いだのだけど、最初は興味がなく放置していたらしい。しかしその後、祖母が亡くなったとき自分のルーツが薄まっていく感じがしたため、それらのレコードを聴き始めるようになったという*1。その結果生まれたのがこのアルバム。とくに “インドの夜鳴鶯” こと Lata Mangeshkar のヴォイスは、アルバムの構成要素として全面的に用いられている。
　また、「朝」と「夜」という名を持つふたつの曲による構成は、インドの古典音楽「ラーガ」が、一日のうちの時間帯と関係した構造を持ったものであることを踏まえている。
　そして、Kieran Hebden が属するところの「クラブ･ミュージック」というものも、その分かちがたい属性として「夜」あるいは「深夜」という時間帯に強く結びついた音楽であることも想起されるべきだろう。“Evening side” の最後4分はほとんどビートのみとなる展開を迎えるのだけど、これは Lata Mangeshkar の声でつくられたアルバムが、テクノの明瞭なドラム･ビートがつくるグルーヴ、すなわちクラブを象徴するサウンドへ引き継がれていくことが意図されている。

「――なぜなら、クラブこそが今のぼくにとっての世界を成すからだ」
　the guardian - Four Tet: ‘The club is my world now’

　“Morning” と “Evening” などという対の名前が付けられていると、朝から夜に移ってまた朝を迎えて終わる……という流れであるかのように思ってしまうけど実はそうではなく、朝から夜へ移るこのアルバムは、クラブが開始する深夜を迎えて終わるのだ。

“The evening is so related to DJing and clubs and I wanted to end it with the most hectic, percussive part, but I wanted it to fade out, to implicate that the music went to infinity.”
　Rolling Stone - Four Tet on Ambitious New LP and What It's Like to DJ With Skrillex

　以上のようにこのアルバムは、見出されたルーツを自己の現在へつなげて提示するという試みであり、曲の要素と構造の両面においてそれを果たしているという意味で巧緻なものだと思う。

Four Tet

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