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 “Mona Hatoum”



Mona Hatoum”
 2015/2016
 ISBN:1849763607



Mona Hatoum

Mona Hatoum




ポンピドー(パリ)・テート(ロンドン)・キアズマ(ヘルシンキ)という三つの現代美術館で2015年6月から2017年2月にかけて順に開催されるモナ・ハトゥム展のカタログ。彼女の個展としては過去最大で包括的。先頃テートでの展示が終わり、今はキアズマで開催中。見に行きたいけど気軽には行けないので、せめてカタログだけでも。来年広島で展覧会開催予定らしいのでそれには行けるだろうか。





略歴

1952年、中東戦争を避けレバノンベイルートに移り住んでいたパレスチナ人家族のもとに生まれる。1975年、彼女がロンドンで短期滞在中に今度はレバノンで内戦が勃発。帰国することができなくなった彼女はそのままイギリスに居住するようになり*1、芸大で学んだのちにアーティストとなる。
現在の彼女はロンドンとベルリンを拠点としつつも、世界のさまざまな地に滞在しながら活動。



作品の変遷

80年代はパフォーマンス/ビデオ作品を制作、特に「身体」をテーマに据えた。パフォーマンスという形態を選択したのは、ギャラリーシステムやアートエスタブリッシュメントの影響を外れることが可能と考えたため。
90年代以降はインスタレーション作品。作風としてはミニマリズム。多用されるモチーフとしては、世俗的・家庭的オブジェクト、身体的オブジェクト、地図、など。特に執着が見られる対象は、「地図」「髪」「刺繍」。



特筆すべき作品

“Light Sentence”
 1992


メッシュ製のロッカーを6段重ねて配列したもの。中央部を裸電球が上下に移動し、壁面にメッシュの複雑な影を落とす。



“Impenetrable”
 2009


鉄条網を床から天井まで張ってグリッド上に何本も配置。



“Map”
 1999


透明のビーズを床面に無数に並べて世界地図を描いたもの。観客の来訪による振動でかたちが壊れていく様子も含めた作品。




批評

カタログにはイントロダクションと併せて9人のテキストを掲載。過去の展覧会での寄稿も含む。2000年のテートでの個展へ寄せたエドワード・サイードのテキストも。
複数の論考に見られ目立った単語:dislocation(転位・断層)、precarious(不安定な)
各論者のトーン
 ・魅力/嫌悪・慣れ親しみ/奇妙さの併存
 ・治癒・回復の不在、世界の損傷
 ・来歴から必然的に伴われる政治的テーマを直截に扱わず、より抽象的に対処



感想

  • 現代アートがそれ以前のアートと大きく異なる点は鑑賞者の思索・解釈を誘発する点にこそあると思うのだが、Mona Hatoum の作品はそうした性質を非常によく体現している。
  • 一目でコンセプトが把握できるほど単純ではないのだが、とはいえ何もかもが謎で理解不能なわけでもなく、思考に至らず素通りしてしまうようなものでもない。そこには何か意味があるはずだ、ということがまず伝わってくる。そしてそれを読み解こうと思わせる充分な引力がある。
  • 使用される素材や形象が日常的なものに連なっていることも貢献しているだろう。見慣れたものの一部が変容され別のものに置き換わっていたりする。持ち手を刃物状に変えられた車椅子、底板をワイヤーに変えられたベビーベッド、髪の毛で編まれた織物、など。
  • 構成要素は馴染みあるものなのに、それによってできあがったものは決定的に異質であり、理解するためには何らかの解釈が要求される。
  • それを言語と物語の関係と見てもいいと思う。日常言語で綴られる奇妙な物語。
    現代アートは、鑑賞者に読まれる物語、解読を待つテキストのようなもの。
  • Mona Hatoum の物語には何が描かれるのか。
    意識させられるのは、「境界」。地理・文化の。あるいは身体的な。日常とその向こう側。境界をまたいで往還すること。



*1:これには一家がベイルートに亡命した際にイギリス国籍を取得していたことも寄与しているはずだが、そもそもレバノン国籍ではなくイギリス国籍を得たということに第二次大戦後の中東における歴史的事情があらわれている。






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell