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 ジェフ・チャン “ヒップホップ・ジェネレーション”



“Can't Stop Won't Stop A History of the Hip-Hop Generation
 2005
 Jeff Chang
 ISBN:B01LXUJ3QQ







 ヒップホップの史書。
 40mmの厚さを持ち750ページに渡ってテキストが埋め尽くす大著。10年程度の範囲を章で区切りながら、ジャマイカ、ニューヨーク、ロサンゼルスと、1950年代から2000年までを全19章で網羅する。
 電子書籍版で読んだので最初こんなに長い本とは思わず、なんとなく読み始めていくとぜんぜんスライダーが進まなかった。読了までかなり時間がかかったけど、歴史の各局面をひとつずつ確認しながら、全体の流れとそこに通底するものを感じられる構成。


  • まず確実に言えるのはヒップホップはレベル・ミュージックだということ。たとえパーティ・ラップであったとしても、ブラック・アメリカンの歴史に分かちがたく結びついている。ヒップホップを語る本は、背景を成す事柄に対して音楽やミュージシャンと同等あるいはそれ以上の関心を振り向けざるを得ない。差別/ギャング/政治/ドラッグ/経済/メディア/ゲットー/アクティヴィスト etc。
    冒頭、1970年代の荒廃したブロンクスの描写はまだ遠い時代、隔てられた歴史上の出来事と思ってしまうが、LA暴動の話あたりになるとニュース番組で視聴した自分のおぼろげな記憶にもつながり、そのまま歴史は続きいつの間にか現在に連なって、本文中の節々で繰り返し発生する警察のブラック・アメリカン射殺事件が2016年のアメリカでもまだ止まず、今なお社会的に大きな反応を起こしていることに気付く。
  • ヒップホップはたしかにブラック・アメリカンという「抑圧された者」の音楽ではあるのだが、しかし「抑圧する/される」という関係は絶対的なものではない。他のエスニック・マイノリティあるいはジェンダー・マイノリティに対して同じような関係・緊張が生じることもある。本書の後半ではそういったことも語られる。特に、アンジェラ・デイヴィスとアイス・キューブのまったく噛み合わない対談は象徴的。
  • 随所に有名な政治的トピックが出現する。割れ窓理論、スリーストライク法、ゼロ・トレランス政策といったような。
  • 場所として特に焦点が当てられるのはふたつの街、1970年代のNY/サウス・ブロンクスと1980年代のLA/サウス・セントラル。
  • 日本語版解説として高橋芳朗が寄稿している。本書巻末の2000年以後に起こったことを概括していて、これが端的に要を得ている。
    本文の内容にそのまま連なってくることとして、まず2009年バラクオバマの大統領就任。2014年のマイケル・ブラウン事件、ボルティモアの差別抗議運動。ブラック・ライヴズ・マター。こうした語を見るだけでも、ブラック・アメリカンの安寧ならざる歴史のシームレスな連続を実感できる。
    本書以後のヒップホップとして触れられているのは、J・コールとケンドリック・ラマー。特に、コンプトン出身でギャングスタ・ラップと一線を画するケンドリック・ラマーは、本書が現在も書き続けられていたなら確実に多くのページを割かれて扱われていただろう。もちろん作者がプレリュードで記すように、ヒップホップ・ジェネレーションはまだ終わっていない。新たに綴られるのを待っている進行中の歴史だ。


[以下、本書の構成]


プレリュード Prelude

“Generations are fictions.”
“There are many more versions to be heard. May they all be.”


LOOP 1 バビロンは燃えている Banylon Is Burning 1968-1977

第1章 ネクロポリス――死の街 Necropolis
ブロンクスと切り捨て政策

人物  ― 
場所 ブロンクス
時代 1960年代後半〜1977年
事柄 クロス・ブロンクス・エクスプレスウェイ建設 [1953年]
再開発によりブロンクスからホワイト・アメリカンが離脱し、都市荒廃(保険金目的の放火など)
『静観(ビナイン・ネグレクト)』:低所得者地域における社会事業削減を正当化するスローガン
ヤンキースのレジー・ジャクソンがワールド・シリーズ出場、ニューヨーク大停電と略奪 [1977年]


第2章 シプル・アウト・デー Sipple Out Deh
ジャマイカのルーツ世代と文化的変化

人物 ボブ・マーリー
場所 ジャマイカ(トレンチタウン)
時代 1960年代〜1970年代
事柄 独立後の経済失速 → 非公式ナショナリズムとしてのラスタ
政治対立状況下でのサウンドシステム、ダブ


第3章 血、炎、ときどき音楽 Blood and Fire, with Occasional Music
ブロンクスのギャング

人物  ― 
場所 ブロンクス
時代 1968年〜1973年
事柄 ブラック・アメリカン民族運動:ブラック・パンサー党、ヤング・ローズ党
ストリート・ギャングの抗争/和平/離散
ギャング和平協定後、ゲットー・ブラザーズ・バンドがアルバムをリリース → ブロンクスのブロック・パーティ流行へ


第4章 名を成した男 Making a Name
DJクール・ハークはいかにしてジャマイカ訛りを直し、ヒップホップを生み出したか

人物 DJ クール・ハーク
場所 エスト・ブロンクス
時代 1970年代前半
事柄 キングストンからブロンクスへの移民クール・ハークがジャマイカサウンドシステム・スタイルを取り入れて伝説的なハウス・パーティをおこなう [1973年] →2枚使いによるブレイクのプレイとブロック・パーティ:解散したギャングの代わりとなる新たな「クール」の基準に


LOOP 2 プラネット・ロック Planet Rock 1975-1986

第5章 魂の救済 Soul Salvation
アフリカ・バンバータの神秘と信条

人物 アフリカ・バンバータ(ズールー・ネーション)
場所 ブロンクス低所得者公営住宅(「プロジェクト」)
時代 1970年代前半
事柄 ギャングの停戦・和平協定後、パーティが新たな流行に。
ギャング・メンバーからパーティ主催者となったアフリカ・バンバータ:曲中心ではなくブレイク中心というクール・ハークのプレイスタイルを踏襲、MC/DJ/グラフィティ/ブレイクダンスというヒップホップの四大要素を確立


第6章 フューリアス・スタイル Furious Styles
7マイルの中で進化するスタイル

人物 グランドマスター・フラッシュ
場所 ブロンクス
時代 1970年代後半
事柄 Bボーイ、グラフィティ


第7章 世界は俺たちのもの The World Is Ours
生き残り、変貌したブロンクス・スタイル

人物  ― 
場所 ブロンクスからその外へ
時代 1980年代前半
事柄 シュガーヒル・ギャング “Rapper's Delight”:最初にヒットしたヒップホップ・レコード [1979年]:一旦消えようとしていたブロンクスのヒップホップがこれにより再び復活 →ヒップホップの商業化へ
一方でグラフィティのマイナスイメージが流布。グラフィティ撲滅運動、「割れ窓理論」の発表 [1982年]


第8章 爆発寸前のズールーたち Zulus on a Time Bomb
アップタウンのヒップホップと、ダウンタウンロッカーズ・シーンの邂逅

人物 ヒップホップ・カルチャー拡大に貢献した人々
場所 アップタウン
時代 1970年代後半〜1980年代前半
事柄 グラフィティのアート化
ロック・ステディ・クルー
ヒップホップの搾取的伝播(マルコム・マクラーレン


第9章 1982年 1982
レーガン時代のアメリカの狂喜

人物  ― 
場所 ダウンタウンのナイトクラブ
時代 1982年
事柄 レーガンが大統領に就任 [1980年]
1982年 ・アフリカ・バンバータ “Planet Rock”
グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴ “The Message”
・チャーリー・エーハーンによる映画『ワイルド・スタイル』


第10章 イノセントな時代の終焉 End of Innocence
オールド・スクールの衰退

人物  ― 
場所  ― 
時代 1970年代〜1980年代
事柄 ヒップホップ映画のヒットとブレイクダンス流行
マイケル・スチュワート事件:ブラック・アメリカンに対する警察の暴行殺害 [1983年]
バスキアとキース・ヘリングがスターとなる一方、グラフィティ・ムーヴメントは終焉
オールド・スクールの衰退 →ランDMCのヒット、デフ・ジャムの設立


LOOP 3 ザ・メッセージ The Message 1984-1992

第11章 崩れゆく絆 Things Fall Apart
ポスト公民権運動時代の幕開け

人物  ― 
場所  ― 
時代 1980年代後半
事柄 アパルトヘイト反対運動 (→マンデラ大統領就任 [1994年]
レーガン新自由主義財政政策による格差拡大
ブラック・アメリカン民族運動における「メサイア・コンプレックス」
ハワード・ビーチでのマイケル・グリフィス殺害事件 [1986年] →ブラック/ホワイト対立の激化
ラップ/ヒップホップ・ミュージックの拡大


第12章 若者の主張 What We Got to Say
1980年代後半――ブラック・サバービア、人種分離、そしてユートピア

人物 パブリック・エナミー
場所 ロング・アイランド…クイーンズ郊外の「ブラック・ベルト」:転出する白人と転入する黒人
時代 1980年代後半
事柄 パブリック・エナミーのデビュー [1987年]


第13章 時流に乗れ Follow for Now
公民権成立後、誰が黒人の指導的立場を務めるのか?

人物 パブリック・エナミー
場所  ― 
時代 1980年代末期
事柄 政治的急進派(組織化運動)/ 文化的急進派(アフリカ中心主義)
ジェシー・ジャクソンの大統領予備選敗北 [1988年]
キング牧師マルコムXに代わる新たなリーダーシップの模索 → ヒップホップ世代へ押し付けられる重責
「ストップ・ザ・ヴァイオレンス」ムーヴメント(KRS・ワン) [1988年]
映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』(スパイク・リー):新時代の民族対立と暴動を描写 [1989年]
ベンソンハースト事件(ハワード・ビーチ事件に類似)とデモ行進 → ニューヨーク初のブラック・アメリカン市長ディクソン選出。しかし民族対立は解消されず。 [1989年]
パブリック・エナミーの崩壊:グリフの発言加熱(ジューイッシュへの差別発言)→チャック・Dの収拾模索と失敗、PE活動再開 [1989年]


第14章 カルチャー・アサシン The Culture Assassins
地理、世代、そしてギャングスタ・ラップ

人物 N.W.A
場所 ロサンゼルス(ワッツ、コンプトン)
時代 1980年代末期
事柄 ジョナサン・ジャクソンの悲劇(→アンジェラ・デイヴィス)からインスパイアされた “Boyz-n-the-Hood” のリリース:N.W.Aの誕生 [1989年]
カリフォルニア州住民投票事項13号の可決 [1978年]:固定資産税上限設定 → 州財政危機、民族間格差拡大と治安悪化
N.W.A “Straight Outta Compton” のリリースとヒット [1988年]ギャングスタ・ラップの誕生
ストリート・ギャングの抗争(クリップスとブラッズ)、警察とギャングの抗争
N.W.A “Fuck Tha Police” を端緒として “Straight Outta Compton” の問題化 →「リアル」へ執着し始めるヒップホップ


第15章 真の敵 The Real Enemy
アイス・キューブの文化的暴動――『Death Certificate』

人物 アイス・キューブ
場所  ― 
時代 1990年代初頭
事柄 フェミニストとの論争
アンジェラ・デイヴィスとアイス・キューブの対談と擦れ違い [1991年]
ロドニー・キング事件 [1991年]
アイス・キューブ “Death Certificate” リリース [1991年]
アジア系アメリカンとブラック・アメリカンの対立/緊張関係。N.W.Aの全国的ボイコットと和解


LOOP 4 ステイクス・イズ・ハイ Stakes Is High 1992-2001

第16章 混乱を乗り越えて Gonna Work It Out
ロサンゼルス――和平、そして暴動

人物  ― 
場所 ロサンゼルス
時代 1990年代初頭
事柄 ギャングの和平協定
シミ・ヴァレーにてロドニー・キング事件の警察官4人の無罪が陪審評決 →LA暴動(LA騒乱) [1992年]


第17章 同じ境遇のもとで All in the Same Gang
青少年の弾圧と、団結を目指した取り組み

人物  ― 
場所 ロサンゼルス
時代 1990年代前半
事柄 ギャングの和平協定とLA暴動終結 → ヒップホップ文化へ創造的なエネルギーが向けられるようになる一方、LA再建政策は失敗。
対ギャング政策 →州住民投票事項184号にてスリー・ストライク法を制定 [1994年] ノン・ホワイト若年世代のレッテル化と封じ込め。
アファーマティヴ・アクション廃止、PMRC(→ペアレンタル・アドヴァイザリー)、メジャー・レーベルによる政治的ラップの弾圧
ファラカーンによるミリオン・マン・マーチ [1995年]


第18章 ヒップホップ世代の形成 Becoming the Hip-Hop Generation
『ソース』とラップ業界、メインストリームへのクロスオーヴァー

人物  ― 
場所 ボストン(ハーヴァード大学)→ ニューヨーク
時代 1990年代
事柄 ハーヴァード大の学生ふたりにより『ソース』創刊:ヒップホップ誌の雛形 [1988年]
編集をめぐる内部抗争
ヒップホップのライフスタイル化


第19章 新世界秩序 New World Order
20世紀の終わりに発達した国際化、封じ込め政策、反体制文化

人物  ― 
場所  ― 
時代 1990年代後半〜2000年
事柄 音楽市場・ラジオ局
ニューヨーク市ジュリアーニによるゼロ・トレランス政策、カリフォルニア州の青少年犯罪防止法と移民政策
ヒップホップ・フェミニズム
ヒップホップ・アクティヴィストによるデモ活動




[参考]

宇多丸が語る、名著『ヒップホップ・ジェネレーション』をいまこそ読むべき理由(前編)
 http://realsound.jp/2016/09/post-9368.html
アメリカを、知りたいか? ― シンゴ02
 http://www.e22.com/shing02/writing/csws.htm




 






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell