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 Common “Black America Again” (2016)



Black America Again






 ブラック・アメリカン射殺事件の連続と2016年アメリカ大統領選の結果。
 投開票4日前にリリースされたコモンの新譜について、アメリカでの諸々のレビューは基本的にこのふたつの事柄を不可欠な文脈・背景として書いている。
 ふたつは互いに関連し合うトピック。サンフォード、ファーガソンボルティモア、さらにバトンルージュセントポールと続く死亡事件がこのアルバムの源泉で、リリックでの言及の他、PVでも非常にストレートな表現がある。また、ブラック・アメリカン初のアメリカ大統領バラクオバマの後任を選出する2016年は予備選から波乱に満ちた情勢となり、その討論内容と趨勢はマイノリティを震撼させて、結果、コモンにこのタイミングでのリリースを決断させる要因となった。
 アルバムタイトルからしても、次期大統領が用いた例のスローガンに対する批判的応答であることは明白。“again” という語は、あの選挙スローガンとは違って復古や回帰ではなく再挑戦といった意味と捉えるべきだろう。取り戻さなければならない “Black America” という時代などは過去に存在しないのだから。8年前のオバマ当選はかろうじてブラック・アメリカン地位向上の端緒になりかかったとしても、結局そこから警察や司法の状況が大きく改善したとは言えず、今度の大統領選ではマイノリティ政策を大幅に後退させかねない候補が注目を浴びたという始末。コモンのようなコンシャスなアクティヴィストが危機感を持ったのは当然で、過去幾度も挑戦され未だ勝利を得ていない運動を今ふたたびおこなうべきだという意味での “again” と読み取る方がしっくりくる。


 タイトルトラック “Black America Again” ではロバート・グラスパーがプロデュースとピアノで参加。ジェームス・ブラウンのフレーズをサンプリングし、曲の最後ではスティーヴィー・ワンダーが “We are rewriting the black American story” と繰り返す(そしてこの “rewriting” こそが “again” のパラフレーズに他ならない)
 この曲のPVには22分近いヴァージョンのものがあって、その7:15および16:15あたりからのジャンベ奏者ジャバリ・エグザムとのセッションがやたらかっこいいのだが、やはりまずオリジナルヴァージョンでのロバート・グラスパーとコモンの組み合わせがすばらしい。ピアノは憂愁を含みつつ、ラップとビートは力強く。この対比には、状況と意思が反映されているようにも思ってしまう。グラスパーはインタールードも含め他に何曲かでピアノをプレイしていて、アルバム全体の雰囲気を醸成することに貢献している。
 女性ヴォーカルをフィーチャーした曲も多く全体としてはメロウでジャジーな趣きを持ちつつ、情緒的なものへ過度に振り切れることなく確かな強度を維持する。


 最初はEPとして構想されていたものの、選挙戦の進行とともにアルバムでのリリースに変更され、その過程でアルバムタイトルもこのように決まったとのこと。とはいえ大多数の人々と同様、コモン自身もこの結果がまさか現実になるとは予想していなかっただろう(アルバムのリリースは2016.11.4、大統領選は2016.11.8)。選挙の帰趨がどうあれ、一連の主張が氾濫した時点で既に充分危機であり、どちらが勝とうとスタンスが変わるものではなかったと思うが、やはりあの結果はコモンにとって殊更に落胆が大きいものだったのではと思われる。シカゴ出身のラッパーとしてコモンは8年前にオバマの選挙戦を支援しており、当確となって喜ぶ姿のライブ映像がうっすらと自分の記憶にもある。8年後の選挙結果をどういった気持ちで迎えたのかは想像に難くない。
 このアルバムは大統領候補への危機感から制作され、選挙へ影響を及ぼすために投開票日直前にリリースされたわけだが、結果だけ見ればその目論見は失敗に終わった構図になっている*1。音楽的にもメッセージ的にもコモンの最高傑作となるアルバムだと思っているけれど、同時にこれはやはり「危機が本当に現実化する前」の作品だとも感じてしまう。だからといって価値が減じるわけでもないとはいえ、選挙前の希望と選挙後の落胆というセットをどうしても意識して聴いてしまうのは、本来思い描かれていたのとは違う受け取られ方なのかもと思う。今回クリントン支持を明言し新曲を発表したミュージシャンはコモンだけではないとしても、リリースのタイミングが大統領選前なのか後なのかというのは大きな違いを生んでいる。

 大統領選後、SNSでもインタビューでもまだコモン本人による総括的な発言はない。直接メッセージを発する代わりに作家トーレ・ロバーツの引用テクストが11月10日に instagram へ投稿されていて、コモンの心境が垣間見える。https://www.instagram.com/p/BMmYhoBgcah/
 このアルバムから政治性を切り離すことはできないにせよ、こうした流れを見ると、作品の主張と別の水準で、挫折と再起のストーリーを読むこともできる。
 ある重要な局面へ向けたひとつの企図、それが達成されずに失敗し、しかしそれでもあきらめるわけにはいかず、なお立ち上がっていかなければならない。
 つまりこのアルバムは中途のものであり、ターゲットとした局面のその後の世界でどう生きるかという問いが必然的に接続される作品となっている。


 



Common

Information
Birth name  : Lonnie Rashid Lynn Jr.
Origin: Chicago, Illinois, US
Born: 1972
Years active  : 1992 -

Links
Officialhttp://www.thinkcommon.com/
  YouTube  http://youtube.com/commonvevo
  Twitterhttp://twitter.com/common
Label: Def Jam  http://www.defjam.com/artists/common

ASIN:B01LTHM33E


*1: 
 今回の選挙結果については当確速報時点から既にいろいろなことが語られてきているが、統計的事実として、2016年民主党候補の得票総数は選挙人数で勝利した共和党対立候補より約300万票多かったのみならず、2000年以降のどの共和党候補よりも上回っているという点は押さえておくべきだろう。ただしアメリカは総人口および有権者数が単調増加中ということを考えると、投票率を加味した絶対得票率で比較しないとあまり有意義ではない。
 2016年勝者ドナルド・トランプは絶対得票率25%、2008年勝者バラクオバマは31%。21世紀に入ってからの絶対得票率はこの二例が上下の両極にある。共和党候補はジョージ・W・ブッシュが911後の二期目で29%に達したのを最後として、勝利した今回の結果も含め長期的には明確に低下傾向。よく言われているように、これは民族構成比推移の動向にも一致している。
 選挙結果にどのような意味を付与するのかというのはそれ自体が政治的行動になりがちで、今回の大統領選では特にそのための材料が溢れていた感がある。自分としては、この結果にはアメリカ国民の間に深刻な分断が横たわることが示されている、という見方であればそこまでは同意できる。
 






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell