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 ガーフィンケル他 (著) 山田富秋・好井裕明・山崎敬一 (編) “エスノメソドロジー ――社会学的思考の解体”




エスノメソドロジー―社会学的思考の解体

エスノメソドロジー―社会学的思考の解体





 エスノメソドロジー初期の論文集。ガーフィンケル、サックス、ポルナー、スミス、ウィーダーの論文を含む。ガーフィンケルの『アグネス、彼女はいかにして女になり続けたか』も収載。
 以下は 第4章 ドロシー・スミス 『Kは精神病――事実報告のアナトミー』 についてのメモ。

  • Dorothy E. Smith
    “‘K is mentally ill’ : The Anatomy of a Factual Account”
    1978


 何らかのカテゴリーについての記述から読み手はどのような解釈を読み取ることになるのか。どのようなプロセスを経て何が事実として扱われるようになるのか。
 記述には読み手への「指示」があり、語り手を権威付ける「役割構造」があり、対象をカテゴリー化する「手続き」があり、それらを通じて読み手は語り手と同じ解釈に到達する。こうした「記述-解釈」を経て「事実」は構成され、たとえばある対象者が精神病と同定されることになる。
 読み手が語り手と同じ解釈に誘導される仕組みは、別に策略や騙しというわけではなくて、諸々の社会的な行為を人々がどのように解釈・意味付けしているかという日常の営みを成り立たせる構造に関わっている。また、この「記述-解釈」の構造はインタビューのような報告形式にかぎらないし、社会学の研究対象にとどまる話でもなく、人々が何を事実として扱うのかという日常全般に適用される。



 内容



前提 …社会学がおこなう概念構成

  • 社会学において研究者が観察しようとする事象は、研究者による観察・解釈よりも前に、その対象である一般の行為者たち自身による解釈と特徴付けによって既に構造を与えられている。
  • 社会的カテゴリーについての報告・記述は、カテゴリーをそのように識別する際に用いられている概念図式(出来事を配列する規準と規則)と同一の構造を備えている。こうした報告・記述の分析は、日常で用いられている概念図式を分析することに他ならない。



本論文の分析対象

ある人物が精神病と定義されるまでのプロセスを記述したインタビュー報告。

  • 報告課題:「これまでに精神病かもしれないと思った人がいますか」という質問で誰かにインタビューをおこなうこと
  • 報告内容:インタビュー回答者アンジェラによる、友人Kが次第におかしくなり最終的に精神病と判断され精神科医へ行くようになったプロセスの記述。
  • この報告は学部学生によるもので、社会学の研究成果としては不完全。だがこの報告自体を分析対象としてみると、人々が出来事を「実際に起こった事実」として構成する際に用いられる手続きの一例が把握できるという点で意義がある。



考察されている問題と回答

精神病というカテゴリーが他の逸脱カテゴリーと違う点:成員資格(何の規範からの逸脱なのか)が曖昧なのに、断定的にカテゴリーを記述できること。
では、ある対象が精神病と定義されるプロセスにおいて、その識別はいったいどのような手続き・条件のもとでおこなわれているのか。

  • 手続きそのものの正当性:事実・客観性構成の条件
    • 誰にとっても同じであること・直接観察に基づくことの表示 / 段階的な積み重ね効果を持つ語りの方式 / 新規の目撃者が既出の目撃者と無関係に扱われること
  • 社会組織としての構造:語り手の優位性
    • 逸脱の定義を下す者として語り手の解釈が権威付けられ、記述の妥当性を読み手が判断する際に用いる規準として指示される
  • 「切り離し」の手続き
    • ある行動を精神病の行動として構成することは、規則や状況の定義によっては行動を規定できないということを示すこと。「不適切」ではなく「異例な」行動として切り離される。
        • 対照構造:状況特定化作業のひとつで、行動を異例として見よと指示する記述の構造
        • 全体としての項目集:単体では異例さが弱くさまざまな解釈を許すが、その累積によって目立たなくなる効果として働く

  • 記述における役割構造
    • 読み手:この報告を読む者(ドロシー・スミスその他)
    • インタビュアー:このインタビューを実施した学生。インタビュー回答者と協同でこの報告テクストを作成した。
    • インタビュー回答者(アンジェラ):インタビューの対象。インタビュアーと協同でこの報告テクストを作成した。「物語の語り手」。ただし「回答者」と「語り手」は方法論的には同一ではない。「物語の語り手」はテクスト内部にあり、登場人物のひとりとして、インタビュアーと回答者の協同の産物として現れる。
    • 物語の語り手:起こった出来事を物語るこの報告中の「私」。
    • その他の登場人物たち:カテゴリー化の過程に積極的に関わる脇役の登場人物たち/出来事の展開に些細でも関わった人々

  • ここには入れ子構造がある。
        • インタビュー報告テクストの作成に際しては、インタビュアー(学生)と回答者(アンジェラ)の協同作業がおこなわれている。
          回答者(アンジェラ)がテクストで記述する一連の登場人物のなかでは、自分自身も「物語の語り手」として識別される。
          この構造は、読み手を出来事に関連付けていくものとして働く。



事実の構成・別様の解釈

  • 「何が実際に起こったのか」という事柄は、回答者によってインタビューのなかで他の人々に理解できるかたちで構成される。
    現実の出来事は、そうした記述のなかで利用されるリソースであると考えることができる。
  • 事実はそのように構成されるものであるので、権威付け規則による制約はあるが、別様の解釈を発見することも可能。(どちらの解釈が正しいかを決定する必要はないが、異なる別の見方が可能という事実がある):ex. これを精神病の過程ではなく友人たちによる共謀による締め出しの過程と読むことができる。


 感想



物語の構造

  • ここで扱われる「語り」というトピックはナラトロジーの主要な対象でもある。語り手/読み手、語りの入れ子構造といった概念は言うまでもないし、「読み方の指示」というものも、小説がどのように記述されどのように情報を制御しているかというナラトロジーの主題に沿っている。「物語ることの構造」への関心はエスノメソドロジーとナラトロジーで重なる。
    にもかかわらず両者は互いにほとんど参照し合っていない気もするのだが、この報告を読むとやはりナラトロジーの用語が自然に思い起こされてしまう。
    • 語りの順序
      • アンジェラの語りは、現在において到達した結論を冒頭で述べた後、過去から出来事を順番通りに語ることへ移行しており、後説法の形式をとっている。
        順番通りといっても完全な時系列ではなく、「いつも」「毎晩」「よく〜した」という括復法の語りと「アパートを見つけた」「アンジェラの家に泊まりに来た」といった単起法の語りが交互におこなわれている。そのように時系列をコントロールしながら、「徐々に」「わかってきた」「気づき始めた」と記述されていく。
        こうした語り方によって、「日常的に異常が見られそれが明確になっていく」という推移が読み手に理解される。
    • 語り手の変更
      • 報告の最初の部分はインタビュアーによる語りだが、この者はアンジェラの物語内に登場人物として現れることはない。つまり「異質物語世界的」な語りに当たる。語り手はすぐに変更され、物語内に登場しないインタビュアーによる語りから、物語内に自分自身も登場人物として出てくるアンジェラの「等質物語世界的」な語りへ移行する。アンジェラの語りは、物語世界内の人物によって物語が語られるメタ物語(第二次の物語言説)に相当する。
        • インタビュー回答者の語りではまだ誰が精神病なのかという記述そのものは現れない。報告の課題が何かを知っているならば、「一人の友だちについて自分の印象を語るようにインタビューを受けた」という記述から、イニシャルにて名が伏せられたKがその対象であるというのは把握できるが、はっきりKが精神病だと断定されるのはアンジェラの語りによってである。インタビュアー自身の語りではその断定を避けている。
        • 本論文では「語り手の優位性」としてアンジェラの語りが持つ効果を説明しているが、実際にはアンジェラの他にインタビュアーも語り手の位置にあるのだから、同じように優位性を持っているのかもしれない。この論文では語り手の二重性についてはあまり触れられていない。


  • この論文自体がまるで小説や物語のように読める感じもあって、そこもおもしろかった。
    著者は末尾で語り手とは別の解釈が成り立つ可能性を提示していて、それがあたかもこの話の「真相」であったかのようにも感じられてしまう。最後に大きなツイストのある小説だとか、「謎」と「解」という形式を持ったミステリーみたいに。
    特に最後の文。「黒い羊」という意味不明なフレーズが最後に示された文脈だと理解できることに気付かされるのは、種明かし的な感じがある。
    この論文を小説や物語のように読むことができたりそのように読んでおもしろさを感じることができたりするのは、文学の範囲を拡張することでもある。



 






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