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 松本和也 (編) “テクスト分析入門 小説を分析的に読むための実践ガイド”










 ナラトロジーを単に用語体系の解説にとどまらず具体的な小説読解への適用で実践してみせるところがこの本の最大の特徴。
 概念を説明する過程で小説の一部を引用する程度ではなく、短編小説をまるごと読み解いてくれる。しかも各小説が巻末に全文掲載されているところも親切。
 ……こういう本を待ってたところがある。

 ナラトロジーとは何か。
 第1章で概括されている通り、小説を【何が書かれているか […内容・主題] 】ではなく、【いかに書かれているか […形式・方法] 】という視点で捉えようとするアプローチ。客観的な指標によってテクストを分析し論理的な読み取りをおこなうことでテクストの特徴を記述する。

 それぞれのパートでは、まず各課題作品の批評史が記され、従来どのような読みが為されてきたのかを紹介。その上で、ナラトロジーの諸概念を用いて分析した場合にどのような読みが可能となるのかを提示する、という構成。
 ただしここでおこなわれている読みが各作品に対する唯一の正しい解だと言われているわけではない。あくまでも実践の一例として示されている。
 冒頭で書かれているように、本書は「理論書」「実例集」「小説表現史」「近代文学史」が合わさったようなものとなっている。



  • 重要なのは、【ストーリー(物語内容)】/【プロット(物語言説)】という区別。
    • 前者は語られる出来事の単なる時系列、後者はテクストとしての叙述・提示のされ方。この区別を意識して読むことがまず大切。
      テクストは情報を制御して読者に提示している。物語は、内容自体よりもむしろその提示のされ方に大きく左右される。
        • ストーリーはプロットから先立って自明に存在しているわけではなく、プロットから読者が取り出さなければならないものでもある。
        • 「語りは常に騙りである」
  • 個別の分析実例で特に啓発的だったのは、夏目漱石夢十夜(第2章) 森鴎外高瀬舟(第4章・第5章)
    • 第2章の分析では、語られる出来事の時間と語る時間のずれがトピック。
        • 「約束」と「死」の時点はテクスト全体の半分以上を占め、その後の百年を描くテクストと同量
        • 直接話法と間接話法の差異
        • 行動を規定する予言のような言葉
    • 第4章・第5章では、登場人物に関する情報提示の違いによってテーマ上の構図がどのようにつくられているのかが示される。
        • ふたりの登場人物が叙述形式によって語り分けられることで、片方がテクストの空所となり、物語内の解けない謎として位置付けられる。
          登場人物の語られ方の違いは、語り手の介入度(“距離”)と視点(“焦点化”)において生み出されている。これらはいずれも、物語世界の情報をどの程度どのように提示するかという選別と制御に関わっている。こうした叙法の使い分けを読み解くことによって、謎を解こうと試みる片方と、最後まで謎として留まる他方という対比がいかに記述されているかがわかる。
  • 作品というものを作者がすべて意図通りにコントロールした結果と捉えて読むのではなく、読者から見たテクストのあり方を優先して読むことへのシフト。
    これはいわゆる「作者の死」に対応しているが、本書では、だからといってテクストを好き勝手に読んでいいのだとは推奨されていない。90年代のナラトロジー援用はそのような読みを志向して退潮した、という記述がある。ナラトロジーの有用性は読者に自由気ままな読みをさせることにはなく、客観的に使えて共有できる指標を整理した点こそにある、と強調されている。
    ──ジュネットによって確立されたナラトロジー概念体系も、それだけ見ると区分がどのように有意義なのかわからず散漫に思えてしまうところもあったのだが、実際に具体的な適用でどういった読解が得られるのかを見せられると、非常に説得力がある。









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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell