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 谷甲州 “航空宇宙軍史・完全版 四 エリヌス―戒厳令―/仮装巡洋艦バシリスク”









 『エリヌス―戒厳令―』『仮装巡洋艦バシリスク』の二冊を加筆修正して合本。シリーズ発刊順としては最初期に当たるが、作中の歴史では比較的後代に位置し、第1次外惑星動乱後の時期およびそこからさらに100年以上経過した未来の物語までが含まれている。
 ここに収載されている『星空のフロンティア』『エリヌス―戒厳令―』は、次回刊行予定の『終わりなき索敵』とともにシリーズ全体のアウトラインを示している作品だと作者が語っているSFマガジン1992年5月号)
 航空宇宙軍史シリーズは得てして外惑星動乱の戦争描写が注目されがちだけど、作者の構想では、最終的には遠未来の恒星間規模でのストーリーが目指されていて、時間と空間を越える情報、前進/侵攻を続ける航空宇宙軍、という二点がテーマの基盤に置かれている。4巻の各作品は、これらのテーマに触れながら外惑星動乱と外宇宙進出の間をつなぐ結節点のような物語としてシリーズ上の重要性がある。
 『エリヌス』は旧版で既読。『バシリスク』は初めて読んだ。







エリヌス戒厳令


 天王星系に属する架空の衛星エリヌスが主な舞台。太陽近傍での宇宙戦闘からエリヌス上での政権転覆まで、幅広く多視点で出来事が進行する。
 すべての背後には外宇宙を見据えた航空宇宙軍の長期戦略が働いているのだが、これは天王星系が実際に有する天文学的特徴に導かれている。宇宙規模のマクロな事実が作中でのミクロな事態を引き起こすという構図。

 この作品では、航空宇宙軍史シリーズの特徴である狭小空間の描写が特に目立つ。
 太陽系最外縁域に区分されるエリヌスは外惑星諸国のなかでももっとも厳しい生活環境であり、空間的・資源的制約や老朽化、無秩序な増改築など、シリーズ全体で見られる宇宙環境の性質を突き詰めたような空間が表されている。もうひとつの舞台と言えるフリゲートアクエリアスの艦内も、繰り返された改装や機器更新、余裕のない内部空間など、機能は異なっても特徴は似ており、宇宙で生存するための環境が共通の様相へ収斂していることが見て取れる。
 これらの狭小空間は過酷な外部と隣り合わせで、隔壁のすぐ外には艦船航行限界まで接近した恒星、あるいはエネルギーの乏しい極寒の外縁宇宙が広がっている。
 人間がかろうじて生存できる内部空間と、巨大で仮借ない外部空間。
 連鎖する慮外の事件に翻弄される人々と、天文単位や光年といった規模で構想される戦略。
 ……このような空間-物語図式では、「気閘」「窓」のような隔壁を跨ぐ要素が物語上の機能を担う。
 気閘は内外を動線としてつなげる要素であり、予期せぬ邂逅や襲撃といった事態に関わって物語を駆動させる。
 窓は通行に供するものではなく、艦船では往々にして外界を表示する映像機器で代替されるが、何にせよ視界を外部に拡げる機能として描かれていて、マクロ-ミクロのテーマ的なつながりを意識させることに貢献する。
 また、隔壁を維持しつつも小空間を大空間の中で移動させる機構として、「主機」「推進剤」といったタームも物語上大きな役割を果たしていて、記述としても目を引く。




仮装巡洋艦バシリスク
  星空のフロンティア
  砲戦距離12,000
  襲撃艦ヴァルキリー
  仮装巡洋艦バシリスク


 4つの短編から構成されている。これまでの作品のような太陽系内の話ではなく、外宇宙へ舞台が移る点が大きな特徴。
 シリーズ全体の基軸を成すふたつの重要なトピックが扱われている。後に超光速航行の原理となる特異宙域の発見、および、航空宇宙軍の枢要を成す「索敵と進撃」というドクトリンの提示。
 これらを示すに当たって、時間的にも空間的にもこれまでにない広がりが与えられている。外惑星動乱前に端を発し遙か遠未来へと連なっていく『星空のフロンティア』や、太陽系の小惑星帯に登場しその後シリウス系にまで至る無人戦闘艦の数奇な履歴を描く『砲戦距離12,000』『襲撃艦ヴァルキリー』など、作中のスケールが以前より一段階大きくなったことが感じられる。また、最後に控える『仮装巡洋艦バシリスク』では、作中世界の宇宙構造に関わるSF的設定と、シリーズのテーマをリリカルに表象する神話的イメージが描かれる。
 こうした要素は、軍事状況でキャラクターたちが為すドラマに焦点を当てた外惑星動乱の諸作品には見られなかったもの。
 完全版シリーズで作品が年代順に並べ直されたことで、外惑星動乱時代から汎銀河戦争の時代へ、現実の物理法則・工学技術からSF的跳躍へとシフトしていく様子が明確になっている。


 『星空のフロンティア』と『仮装巡洋艦バシリスク』、『砲戦距離12,000』と『襲撃艦ヴァルキリー』はそれぞれセットとして捉えることが可能。
 前者で語られるのは「航宙船乗り」とその救済。これは航空宇宙軍の存在意義とコントラストを成している。
 後者では「雪風」的な非人類知性という他者とのコミュニケーションが描写される。このシリーズでは、人間に近いが同時に大きな相違点も持っているような存在がいくつか登場する。オルカやヴァルキリー、ラザルス、サイボーグ作業体といった者たち。意識や知性といったトピック自体は主要なテーマではなくても、情報特性といった面で超空間シャフトの設定につながる。





 






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell