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 かっぴー “左ききのエレン”






左ききのエレン(1): 横浜のバスキア 左ききのエレン(2): アトリエのアテナ 左ききのエレン(3): 不夜城の兵隊 左ききのエレン(4): 対岸の二人 左ききのエレン(5): エレンの伝説







 このところ読んだ漫画のなかで最も痺れた。
 でもたぶん激しく人を選びそうな漫画。
 まず断言できる事実として、絵が下手。というか商業誌レベルには達していない。ネームのまま、と言ってもいいぐらい*1
 けれども内容は圧倒的。物語、台詞、キャラクター。特に台詞。心を揺さぶるものがいくつもある。とはいえこの絵で読もうって気にさせられるのが最初かなり高いハードルにはなる。ほんとにただ絵だけが残念なんだけど、実際読んでると絵はどうでもよくなってくるのはある。下手っていうより、完成させようとしてないって感じもあるかも。トーンはないし、ベタ塗りも単純なコマ暗転で使われる程度、背景もほとんど描いてない。そういう諸々を最後まで施した上でなお下手、っていう漫画とは少し違う。パースも全然気にしてないっぽい一方で人物や構成は丁寧に描こうとしている節があり、思いっきり手を抜いたところと力を入れたところの配分がけっこう明確。表情やポーズ、キャラの書き分けはちゃんとできているし、構図だとかコマ割りは自然、むしろ流れやリズムが巧い。
 語られている内容は、広告/デザイン/ファッション/アート…… 要するにクリエイティブ業界での表現欲求と上昇志向。主要キャラクターふたりが歩む道筋のうち、アート業界側はちょっとファンタジーっぽい感じだけど、広告業界側は作者の実体験が見えてリアル路線。
 この漫画を読んで強く感情が揺さぶられる人とそうじゃない人っていうのははっきり区分されるような気がする。
 冷静に見ると話を狙いすぎてるようなところもあって、テレビドラマ化してふつうに受けそうなエピソードもあったりする*2。だけどそれが単に消費されるだけのオーディナリーなドラマにとどまらずより深い共感を得るものになっているのは、クリエイターの欲望や野心という問題を正面から描いているからだと思う。
 最近のクリエイティブ界にはそういうのが否定される風潮っていうのもあって、「個人の我をどれだけ棄却するかが重要」みたいにそつなく言われるのが目立つ。でもその種のきれいで洗練された言い方っていうのは結局は表層的なセルフプロデュースや戦術上の身振りにすぎなくて、ほんとうの動機はもっとどうしようもなく情念的な自己にあるはずで。
 この漫画がレビューされる際の表現として、「抉られる」とか「刺さる」といった言葉が用いられていることが多いんだけど、それはこの漫画がクリエイターの切実な本性に向き合っているからだろう。熱量と衝動性、刹那的で純粋な。
 適合する読者には尽く読まれるべき漫画。

 ウェブ連載中https://cakes.mu/series/3659。単行本として現在5巻まで出てる。





  • 時系列には捻りがあって、いろいろな時代を行ったり来たりして描写される。
    主要人物たちは1982年前後の生まれ、あかりは3歳年下。
    5巻第5章冒頭でのルーシーの回想が2040年、ノンフィクション映画公開年。つまり完全にキャリアが確立した晩年までが物語の射程に入っている。
    作中時系列の最先端部が2017年現在ではなく現実世界から見てもだいぶ未来に当たるのがポイント。……まあ、デビュー時にYoutubeが登場したというタイミングにしたかったのと、登場人物たちが作者自身と近い世代にした、っていうぐらいなのかもしれないが。とはいえ、まだ現実世界がたどり着いていない未来で神格化されてるっていうのは物語上意味ある設定だと思う。
    作者は1985年生まれ、あかりと同年代。少し先輩を見て描いてる関係のような。
  • 多様なキャラクターが登場するけど、最終的には全員何かしら好感を抱かせるエピソードがそれなりに描かれるんじゃないかと思う。作者の視線から、人間に対する根底での肯定っていうのが感じられるので。
  • 対外的コミュニケーションと内輪的コミュニケーションの違い
     対外的:作品のプレゼンや、インタビューでの説明・記述。公式的で、建前的。
     内輪的:制作者の動機や競争状況、相互評価・格付といった事柄、あるいは表側に出てこない裏技や抜け道を語る会話。
    作品制作の実態では、前者の建前的なものがすべてではなくて、後者も重要な役割を果たしている。でも表側以外は基本的に前面へは出てこない。
    さゆりや岸アンナ(特に読切短編『UNTRACE』の方)のモノローグは内的批評を体現している。これらの視点がとても的確な内容。どこまで実効性があるかは別として、「あるある」とか「わかる」というレベルで理解可能な記述内容。作者の「眼」によるところも大きいとは思うけれど、内輪の非公式コミュニケーションの様態がよく表れている。


 

*1: 
 ジャンプ+の企画でこの作者の読切ネームへの作画者募集というのがおこなわれていたりする。このネーム作品もすごく良くて、「絵が描けない」というのを逆にテーマ表現と絶妙に絡めて成立してるところがある。
 UNTRACE -アントレース- https://shonenjumpplus.com/episode/13932016480028855842

*2: 
 この漫画、近いうちに実写化の話が出てくる可能性は高いと思う。というか作者がそれを意識してる。作画リメイクも。
 左ききのエレン」は赤字です。- https://note.mu/nora_ito/n/n243b810918fd






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell