ジャンルの好みがどうあれ現在の同時代的音楽を語るに際し避けて通れないものを挙げるなら、そこに必ず入ってくるはずの一人。
では何が Kendrick Lamar をそうした中に含めるのかというと、やはり詞が語る内容、ライフヒストリーが持つ引力が大きな要因と言わざるを得ない。実際、世の中のレビューもそのほとんどは不可避的にリリックやストーリー、その解釈について焦点を当てている。
ヒップホップが自伝的・私小説的なものになりがちなのは、ラップという「語り」に特化した表現形式を用いることの自然な帰結でもあるのだろうけれど、アルバムを常にコンセプチュアルなものとして提示するほど自分自身およびその物語にこだわるという点において、Kendrick Lamar は突出している。Kendrick Lamar がリリースしているのは単体の曲にとどまるものではなくアルバムとしてひとつのかたちを成す物語。「ラッパー」以外に彼を表す最適な言葉があるとすればそれは「語り手」という語だろう。デビューアルバム “Section.80” から始まって、“Good Kid, M.A.A.D City” “To Pimp a Butterfly” と、トップへと駆け上がる道筋をフィードバックしながら自己の物語を語り続け、本作品へとつながる。ヒップホップ史上重要な土地のひとつであるコンプトンに生まれ、ギャングスタの道へ入り込むことなく現代ラッパーの頂点に達し、それまでと別種の苦悩に曝されながらも傑作を出し続ける―― そんな風に要約すると「語り」の内容を見過ごしてしまうところはあるが、細部はもっと豊穣。基本的にはシリアス、でもポジティブだったりユーモアだったり彩りはさまざまで、そうした全体が、見守り続けたくなるようなキャラクター性を持っている。
- このアルバムでのちょっとしたトピックは、最後の曲 “DUCKWORTH.”。人生でのひとつの邂逅とその後の数奇な帰趨が民話的な教訓性を示す曲だが、一応このエピソードは実話だと言われてはいる。(cf. http://www.complex.com/music/2017/04/9th-wonder-talks-producing-kendrick-lamar-duckworth-interview)
- アルバム全体でのコンセプトの一貫性を形成するつくりとして、反復の多用が効果的に機能している。ラストから冒頭への回帰。複数曲での同じモチーフの登場。
そのなかで特に印象に残るのは、“Nobody pray for me” というフレーズ。
- またその他に繰り返されるものとして、FOX News への批判的言及がある。
こうしたタームが出てくるのは、Kendrick の環境がコンプトンというひとつの街からアメリカというより大きなフィールドへ移行したことを示している。
初期の彼を総括的に表象する “Good Kid in a Mad City” というフレーズはもともとコンプトンの局所的な状況で成り立つものだったわけだが、2017年現在、これはアメリカ社会全体でも同様に適用可能なものになっていると思う。
“Good Kid” in “a Mad City” と言うとき、「異常」というのは局所的なものに留まっていて、全体はあくまでも善きものであり正常なものであるという前提が暗黙にある。そしてこの図式は、反転した “Mad Kid in a Good City” にもなり得る。つまり、自分が正常でまわりが異常だと思っていたのに、異常なはずのまわりがいつの間にか正常を標榜し自分のことを異常だと見なし始めるようになるという反転。現在の趨勢にはそのような兆しがある。
こうした事態に入ったとき、もはやまわりを異常と見て自己を保つこともできず、言うべき台詞は “Damn...” しか残っていない―― タイトルはそのようなものとして受け取った。
Kendrick Lamar
Information
Birth name | Kendrick Lamar Duckworth |
Origin | Compton, California, US |
Born | 1987 |
Years active | 2004 - |
Links
Official | http://www.kendricklamar.com |
YouTube | https://www.youtube.com/user/KendrickLamarVEVO |
https://twitter.com/kendricklamar | |
Label | Top Dawg Entertainment http://www.tde.us/kendrick-lamar-damn/ |