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 松永伸太朗 “アニメーターの社会学”






アニメーターの社会学―職業規範と労働問題

アニメーターの社会学―職業規範と労働問題






 最近いろいろと注目されることも多い「アニメーターの労働問題」を社会学の方法論で分析した本。
 これまでの言説は、アニメーターが低賃金・長時間労働に甘んじていることを管理や搾取の構造で説明するものが多かった。クリエーターたちに対する「やりがいの搾取」という語などもひところ目立ったタームとして記憶に新しい。
 しかし筆者によれば、フィールドワークで調べてみると実際にはアニメーターたち自身にクリエーター意識は少なく、むしろそうした見られ方に否定的な態度を示すことが多いという。
 従来のやりがい搾取的言説はアニメーターたちの外部から持ち込まれた説明であり、アニメーターたち自身が実際に行為・理解していることを反映していない。アニメーターの労働条件はアニメーター自身の視点から見て何らかの合理性があり、それが記述されるべきなのではないか…… というのが筆者の問題設定。
 この問題に対して、アニメーターたちへのインタビューを分析し、彼らに共有されている規範を記述する、という方法が示されている。
 外部から見て不合理と映る「搾取的状況の受容」も本人たちにとっては合理的に把握されたものであって、その合理性の背後には固有の「規範」がある、というがここでの主張。規範といっても、それは行為を制約するようなイメージのものではなくて、行為を可能にするという働きと見ることが強調されている。


  • 「合理性」ということばがけっこうポイント。おそらく一般に言われるとき、この語は狭く用いられている。何か普遍的に頭の良い行動で、考えられる選択肢の中から最適なものが決められるというような使われ方として。「合理的に行動するなら○○すべきだ・そうではないから彼らは合理的ではない」――などと言われたりすることがあるが、研究文脈では必ずしもそのようなものに限らず、もっと広い意味で用いられている。たとえば政治学で選挙の投票行動を語るとき、投票棄権者も彼らにとっては合理的な選択をおこなっていると説明するような。
    本書での「合理性」も同様に、人々各自にとっての合理性、という使われ方をされている。
    そのような合理性を記述するにはどういった方法があるか、というのが本書の要点。
  • 労働研究の先行諸事例に対する本書のスタンスは、文中でも繰り返しおこなわれるように、慎重な注記が必要な個所ではある。
    本書は、低労働条件の不合理が労働者に押し付けられているという説明を採らない。しかし、これは従来の言説をそのまま否定しているわけではない。アニメーターたちの労働問題を解決するために、従来の言説と並行して用いる別種の方法・分析として本論文の意義がある、と述べられている。
    実際のところ最近は「搾取論」よりも「搾取論批判」の方に飛びつきやすい風潮があると思うが、この論文ではそのあたりにはわりと牽制を費やしている。
  • 各章ごとに、そこで論じた内容を逐次まとめながら進むタイプの本。もともと修士論文三重大学出版会主催による修士論文賞の受賞作)ということもあり、問題設定-先行研究-本研究での方法-意義と課題 …といった構成がわかりやすい。論が飛ぶところもなくて非常に読みやすかった。



[メモ]


 方法論
    • 規範と行為の関係
          • 規範は人々の行為を制約するのではなく、むしろ行為を可能にするもの。
            (ex. 規範があるからこそ、教師が授業中の生徒の私語を注意するという行為が可能となる。私語を「ふさわしくない行為」として理解することができるのは、規範があるからこそに他ならない)
          • 規範は、その都度なされる行為とともにある。
            行為が適切か不適切かも、行為を理解するというまたひとつの行為によって成り立っており、そのときにも規範が用いられる。
             
    • 規範をどのように記述するか →行為を通して規範を記述 →概念の論理文法の分析
          • アニメーターにインタビューを通して語ってもらうという行為のなかにもまた規範が共にあり、インタビューを通して対象者の行為を記述することで規範の記述が可能になる。
          • では、対象者の行為を具体的にどのように記述し何を分析すれば規範の記述ができたことになるのか。
            →概念の論理文法の分析:規範を記述していくためには、どのような概念が他のどのような概念とどのように結びつくのかという概念連関を経験的なデータに即して記述していくことが有効。
            • 概念の論理文法:われわれが用いている概念の結びつきにある一定の規則。概念の論理文法は、それ自体規範的。なぜなら規範は行為を可能にするものであり、われわれの理解という行為も概念の論理文法を適用することによって可能になっているから。
               
    • なぜインタビューが有効なのか
          • インタビューとは;特定のトピックの情報を引き出すという目的のもとに、質問-応答を繰り返すことによって達成される営み。インタビュアーが引き出そうとしているトピックに関する情報をインタビュー対象者が説明することを通して合理的・有意味なものとなる場。
          • そこから産出される語りは他の誰でもなくアニメーターという労働者として語られる以上、そこに用いられているのはアニメーターの仕事に関する規範であると見なすことができる。対象者はインタビューという場で筆者に対して割り当てられているカテゴリーのもとで自己呈示をおこなっているのである。
          • インタビューという活動においては、語り自体が語り手の規範の記述になっている。
          • インタビューで語られる「情報」「内容」ではなく、その「語りの手続き」に関心を向け分析の対象とする。
            • 伝統的社会学:行為者の意図や動機はその人自身にしかわからない。意図や動機の内容をより正確に捉えるにはどうしたらよいか。
              エスノメソドロジー:しかし、研究者も含め人々が行為について説明できるのは、概念の論理文法に即すことで可能となっていることだ。行為の説明とはどのようにして可能となるものなのかを問う。



 アニメーターの職業規範
    • アニメーターの仕事
          • アニメーターという職業は、指揮命令を伴う工程間分業のもとに成り立っている。
            • 特徴:指揮命令が不完全・一定の裁量性・上流工程の意図を汲み取る必要
               
    • ふたつの職業規範
          • 一般的見方と異なり、アニメーターには独創性の発揮を回避する傾向があり、上流工程の指示通りの仕事をこなすことに職業上の価値を置く。
            • 職人的規範 : 上流工程の指示に従って作業をこなしていくこと
            • リエーター的規範 : 独創性を表出していくこと
          • どのような自己認識を持つかにかかわらず、高い技術を持つことが規範的に求められている。
          • アニメーターの仕事は細分化された工程間分業の中で「他の人から指示を受けて作業する」というものなので、「自分らしさを出す (=クリエーティブ)」ことよりも、「指示に従うかどうか (=職人的)」がアニメーターにとって重要な規範となる。
            • 指示・意向に従う (=職人的)  ←→ 裁量 (=クリエーティブ)
               
    • 労働問題(低労働条件の受容)
          • アニメーターにあるキャリア継続を優先する職業規範と高い技術を持つという職業規範が、低労働条件を許容させる。
            こうした規範を理解し使用できるようになっていくことが、アニメーターが一人前になっていく選抜過程。
          • 職業規範の正統性が制度的に裏切られている事態があれば、その事態はアニメーターにとって受容しがたいものになり、アニメーターにとっての労働問題となる。
            • 職業規範の正統性を損なうふたつの事態:出来高制の一律単価・キャリア初期の低い労働条件
          • アニメ制作は、多数のチェック段階があることに表れているように、良質の作品を生産するため非常に効率化された仕組みになっている。→だからこそ労働者にとっては非人間的なものになっている可能性。(生涯設計を意識していない給与体系など)













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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell