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 raster-noton. source book 1






Raster-Noton Source Book 1

Raster-Noton Source Book 1






 「コンセプトブック」というものに興味を持っている。
 以前、建築デザイン界で分厚い本が流行したときがあって、OMA の “SMLXL” を筆頭に、MVRDV の “FARMAX”、UNStudio の “move” といったような、ページ数が3桁後半〜4桁に及ぶものがオランダ勢を中心に立て続けに出版されていたことがあった。図やテキスト以外にも写真や図表を雑多に詰め込み、脈絡の薄いものも含めてとにかく大量のイメージを集積させ巨大なボリュームにまとめるという手法。それらには内容よりも前にまず「物」としての圧倒的な力があった。活動や達成が目に見える明らかな実体として自分の前にあるという、端的な存在感。

 エレクトロニック・ミュージックの最重要レーベル raster-noton が出したこのカタログ・ブックも、そうした記録と物象化の一例として連ねることができる。
 全400ページ、重量3kg。銀灰色の表紙に太いゴシック体で記されたタイトルには、静かにみなぎる自信を感じずにいられない。そして、5cmの厚さと、手にしたときの疑いようもない重みは、20年の歳月で達した175というカタログナンバーをフィジカルな説得力で示してくる。
 “source book 1” と題されたこの本は、レーベル設立20年となる2017年の3月に発行された。1996年から2016年までにリリースしたすべての作品のカバーデザインとクレジットを並べている。
 〈アーカイヴ〉という考え方へのこだわりが、収載されたインタビュー冒頭で語られている。この語は、レーベル名のサブテキスト “Archiv Für Ton und Nichtton(サウンドとノン-サウンドのためのアーカイヴ)” の中に含まれているものでもある。対象が「サウンドとノン-サウンド」だと言われていることも重要で、実際この本では、音源にかぎらず書籍やポスター、Tシャツなど、レーベルがつくり出したものすべてにカタログナンバーが付けられ「作品」としてカウントされている。このあたり、音楽性は異なるものの Factory Records に似ていて、インタビューでも親近感が語られている(さすがに Factory Records のように「猫」までは含んでいないが)


 このような〈アーカイヴ〉の提示が成り立つのは、レーベルのあり方に強い一貫性があるからだ。
 リリースされた音源(=すぐれたものであっても、レーベルカラーに合わなければリリースしないという姿勢)にかぎらず、スリーヴデザイン(=創始者3人それぞれがデザインに通じ、すべて自分たちで手がけている)も含めて、総合的なレーベルのアイデンティティがはっきりしている。
 もちろん20年のなかで少しずつ変化している部分もある。Olaf Bender と Carsten Nicolai へのインタビューではそうした面についても語られている。
 しかし何を追求しているのかという姿勢そのものは不変だ。単に「レコードを発行している組織」にとどまるのではなく、それ以上のもの、何か統合された世界を提示するような存在。
 そうした意味で raster-noton は、現代における「創造的活動」というものの理想的なあり方を示している。


 ところで、source book 発行後の同年5月に raster-noton はレーベル分割を発表し、設立以前にそうだったように Olaf Bender の “raster-media” と Carsten Nicolai による “noton” のそれぞれで活動していくこととなった。両者は今後も raster-noton 名義でコラボレーションをおこなっていくとも表明されているが、今後 raster-noton としての source book 2 というものがつくられるかどうかはよくわからない。
 ただ少なくとも source book 1 は、区切りを迎えた raster-noton のちょうど集大成のようなものになったと言える。ひとつの概念、ひとつの歴史が凝結したようなものとして。
 一般に表現活動は作品という単位で世に示されるものだけれど、それらを生み出す作り手の活動総体がどのようにまとめ上げられるべきなのかというとき、この source book は最良の答になっていると思う。raster-noton という活動が人々に記憶され言及されるとき、その想起には必ずこの本が伴われることになっていくだろう。






 






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―Angela Mitchell