- 作者: 若桑みどり
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2012/03/01
- メディア: 文庫
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「イメージ」を研究対象とする学際的・超域的な文化史。放送大学での講義をまとめたもの。
特徴は「新しい美術史」としてポスト・コロニアルやジェンダー歴史学を取り込んでいる点にある。つまりドミナントで「正統」な歴史ではなく、「周縁」「異端」「民衆」「女性」といったところへ目を向ける視座。
美術史のこうした転換の系譜として、ヴァールブルク学派の美術史(ex. パノフスキー)、フーコーからの影響を受けたアナール派社会史やニュー・ヒストリーの理論、そしてポスト・コロニアルの理論(ex. サイード)という流れが示される。
たとえば、史書や公的証言の残っていない民衆は歴史上のサバルタンに他ならないが、イメージを史料とする美術史は、彼らの歴史に光を当てるものとして有効とされる。
本書全体は、前半の理論編と後半の実践編のふたつから構成されている。
- 理論編
- イメージとは、観念を視覚化・再構成したもの。…「表象」
- 描かれたイメージは対象そのものではあり得ない。イメージとは、解釈され、再構成された現実性。あるいは、想像力によって創り出して視覚化した虚構。
- イメージはなぜ生産されるのか。
- 具体的には、呪術 / 不可視のものの視覚化(宗教的イメージ、抽象的観念)/ 権威化(公共的記念碑)/ 歴史意識の増幅 / 他者・敵の創出 / 欲望の喚起(性的イメージ)/ 社会批判 ……といったものが目的にある。
- 社会は経済的・社会的・政治的な関係や構造だけで成り立っているわけではない。想像されたものや象徴的なものも、社会を維持したり変化させたりする。(ex. 「国家」を支えるイメージ(国旗・国歌、建国神話など)。現在、古くからの国民文化だと見なされているもののほとんどは、近代化の過程の中で国家によって生み出されたもの(cf. ホブズボウム『創られた伝統』)。)
- 芸術はしばしば有用ではないものと見られるが、有用なものでなかったなら人類はこれほど芸術を恒常的に生み出してこなかっただろう。芸術も、社会の需要に応じた生産物であり、社会の中での有用性を持っている。
- 方法論
- 実践編
従来見過ごされてきたような対象へ目を向けることが、この本で試みられる美術史のあり方。
なかでもやはり、「女性」のイメージが芸術や国家の表象としてどのように用いられてきたかを分析しているところに大きな特長と意義がある。古代・中世から近代国家(フランス革命の表象、アメリカの『自由の女神』、全体主義・ファシズムのイメージ戦略)、そして現代日本の公共彫刻まで。アニメや漫画での女性キャラクターといったものまでへは対象範囲が及んでいないが、同様の方法論は通用するだろう。
相互理解への到達が望めないような議論の戦線というものがいろいろあって、フェミニズムとそれに対する反発というものも殊更よく目立つ例として挙げることができる。特に「表現の自由」をめぐる緊張関係は現在も折々で浮上したりするわけだが、この本では表現に対するそうしたジェンダー論的な異議表明がどのような意図によっているのかが記されている。反発の存在を相当に意識した書き方にもなっていて、そうしたところからも、われわれがどのような社会に生きているのかが覗い知れるだろう。
イメージの意味を知るにはそれが置かれた社会を知らなければならないとして、そのように提示されたイメージの解釈からは逆に社会がどのようなものとして分析されているのかがわかるし、さらにまた、解釈に対して向けられた反応からも社会の姿が表れてくるとも言える。