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 若桑みどり “イメージの歴史”






イメージの歴史 (ちくま学芸文庫)

イメージの歴史 (ちくま学芸文庫)






 「イメージ」を研究対象とする学際的・超域的な文化史。放送大学での講義をまとめたもの。
 特徴は「新しい美術史」としてポスト・コロニアルやジェンダー歴史学を取り込んでいる点にある。つまりドミナントで「正統」な歴史ではなく、「周縁」「異端」「民衆」「女性」といったところへ目を向ける視座。
 美術史のこうした転換の系譜として、ヴァールブルク学派の美術史(ex. パノフスキーフーコーからの影響を受けたアナール派社会史やニュー・ヒストリーの理論、そしてポスト・コロニアルの理論(ex. サイードという流れが示される。
 たとえば、史書や公的証言の残っていない民衆は歴史上のサバルタンに他ならないが、イメージを史料とする美術史は、彼らの歴史に光を当てるものとして有効とされる。

 本書全体は、前半の理論編と後半の実践編のふたつから構成されている。

  • 理論編
      • イメージとは、観念を視覚化・再構成したもの。…「表象」
          • 描かれたイメージは対象そのものではあり得ない。イメージとは、解釈され、再構成された現実性。あるいは、想像力によって創り出して視覚化した虚構。
      • イメージはなぜ生産されるのか。
          • 具体的には、呪術 / 不可視のものの視覚化(宗教的イメージ、抽象的観念)/ 権威化(公共的記念碑)/ 歴史意識の増幅 / 他者・敵の創出 / 欲望の喚起(性的イメージ)/ 社会批判 ……といったものが目的にある。
          • 社会は経済的・社会的・政治的な関係や構造だけで成り立っているわけではない。想像されたものや象徴的なものも、社会を維持したり変化させたりする。(ex. 「国家」を支えるイメージ(国旗・国歌、建国神話など)。現在、古くからの国民文化だと見なされているもののほとんどは、近代化の過程の中で国家によって生み出されたもの(cf. ホブズボウム『創られた伝統』)。)
          • 芸術はしばしば有用ではないものと見られるが、有用なものでなかったなら人類はこれほど芸術を恒常的に生み出してこなかっただろう。芸術も、社会の需要に応じた生産物であり、社会の中での有用性を持っている。
      • 方法論
          • 唯一で絶対的なイメージの解釈といったものなどはない。だが方法論が何もないというわけでもない。
            イメージには、宗教における象徴のように、歴史の中で形成されてきた定型がある。(特に西欧は、徹底した象徴の体系を築き上げてきた)
              • 図像学(イコノグラフィー)」:定型図像を研究する方法。
              • 「様式史」:定型を表現する色彩・構図・描画など、時代や社会で共通する方法を研究するもの。
              • 「図像解釈学(イコノロジー」:作品の成立条件を分析して図像・様式の意味を総合的に明らかにする方法。
  • 実践編
          • 古代から現代まで、西欧美術を中心に具体的なイメージを取り上げる。ギリシャ文化、聖母像ルネサンスの公共彫刻、近代国家の用いたイメージなど、さまざまな事例を取り上げ解釈されているが、たとえばダヴィデとユーディットは以下のような内容。
      • ダヴィ
      • ユーディット
          • 虚構の歴史として語られた女性英雄
          • ユーディットの扱われ方の変遷
              • 征服された国家の表象
              • 家父長社会体制により、「メドゥーザを殺すペルセウス」で置き換えられる。
              • 女性作者の描いたユーディットの再発見


 従来見過ごされてきたような対象へ目を向けることが、この本で試みられる美術史のあり方。
 なかでもやはり、「女性」のイメージが芸術や国家の表象としてどのように用いられてきたかを分析しているところに大きな特長と意義がある。古代・中世から近代国家(フランス革命の表象、アメリカの『自由の女神』、全体主義ファシズムのイメージ戦略)、そして現代日本の公共彫刻まで。アニメや漫画での女性キャラクターといったものまでへは対象範囲が及んでいないが、同様の方法論は通用するだろう。
 相互理解への到達が望めないような議論の戦線というものがいろいろあって、フェミニズムとそれに対する反発というものも殊更よく目立つ例として挙げることができる。特に「表現の自由」をめぐる緊張関係は現在も折々で浮上したりするわけだが、この本では表現に対するそうしたジェンダー論的な異議表明がどのような意図によっているのかが記されている。反発の存在を相当に意識した書き方にもなっていて、そうしたところからも、われわれがどのような社会に生きているのかが覗い知れるだろう。
 イメージの意味を知るにはそれが置かれた社会を知らなければならないとして、そのように提示されたイメージの解釈からは逆に社会がどのようなものとして分析されているのかがわかるし、さらにまた、解釈に対して向けられた反応からも社会の姿が表れてくるとも言える。






 






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―Angela Mitchell