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“クリスチャン・ボルタンスキー — Lifetime” 2019.06.12. - 2019.09.02.






クリスチャン・ボルタンスキー — Lifetime
 Christian Boltanski - Lifetime

 国立新美術館




 回顧展。初期の映像作品から近年のインスタレーションまで、50年間の49作品を展示*1。見応えがある。
 会場はかなり広い。全体的に暗い展示空間。照明器具を伴った作品が多い。作品自体の灯りで空間が照らされている。

 

 展示空間

 展示室に作品のキャプションは設けられていない。新聞紙に印刷されたパンフレットを入口で渡され、ここにマップと各作品の情報が載っている。来訪者はこのマップを頼りに作品を鑑賞していくことになる。
 仄暗い矩形の室をたどり、乏しい光のなかで作品名とテキストをそのつど読んでいく感覚が、マップを見ながら地下迷宮を進んでいくRPGのようでもある。
 展示室の壁にはところどころ床から天井までのスリットがあって、向こう側の展示室の様子が垣間見れる個所がある。
 いちばん奥に広間があって、“Terril(ぼた山)” という大きなインスタレーションが中央に座している。ここからふたたび戻る方向のルートとなるので、ちょうどこの広間が迷宮の最深部、目的地となる祭壇か何かのような雰囲気がある。


 作品

 やはり最も目立つのは、1980〜90年代に制作していた〈Monument〉のシリーズ。
 ほのかな灯りを蝋燭のように配して浮かび上がる、聖画のような写真の配列。
 これらの作品のせいで会場全体がどこかの教会・寺院めいた空間になっている。
 照明器具は豆電球だったりデスクライトだったり。同じ展示室の作品は同じ種類の照明器具に揃えているようだ。作品に対して地に溶け込んでいるので気にならないが、各照明器具の黒い電源コードが多数走っていて、作品の前を横切ったりしながら壁のコンセントのなかへ消えていく。
 これらのコードは、無造作に見えてその実、周到に配置されている。完全に無秩序ではない。一定のまとまりがあったりする。たとえば壁一面に写真を配置した “Monuments Froissés(皺くちゃのモニュメント)” では、垂れ下がる電源コードが聖堂を飾る花綱飾りのようだ。あるいは樹木、血管・神経のように見えるものもある。
 何の変哲もない照明器具やビスケット缶など、必ずしも聖的なものではない構成要素を使って、しかしできあがったものはこの上なく神聖で荘厳な空間。これが今回の展覧会の最大の魅力。

 そして写真。
 どれも肖像。西洋現代アートでこうした大量の肖像作品を見るとまっさきにホロコーストがテーマだろうと思ってしまうが、ボルタンスキーもユダヤルーツで、両親はナチスドイツでの生活経験があり、作品解説でもやはりホロコーストへの言及が見られる。
 “174 Dead Swiss(174人の死んだスイス人)” という作品は、「死すべき歴史的理由を持たなかった」ことからスイス人の写真が選ばれているのだが、それも間接的なホロコーストへの指し示しと受け取れてしまう。
 肖像写真は多数の市井の人々であったり、あるいは作者自身であったりする。いずれにしてもこれだけ多数の肖像を見ると、「顔」への執着というものを感じずにはいられない。
 特に、ぼかされた写真、布を手前に張ったもの、照明器具で正面から強く照らされているものなど、輪郭が曖昧にされた顔が多い。ディテールを薄くすることでどこか共通項に収束していくようで、けれども結局、微妙な差異の方が意識に捉えられてくる。

 それから、“Terril(ぼた山)”。
 山積みになった黒い衣服を頂点から照らすライト、という構成の作品。会場の奥に開けた大広間に、得体の知れない山がそびえていて、よく見ると黒い衣服でできている。強いインパクト。廃棄物の山、もしくは着ていた人を失った抜け殻の集積、黒い墳丘のような。
 ここへたどり着くまでに、“Entre-temps(合間に)” や “La Couloir des fantômes(幽霊の廊下)” など、「閾」の機能を果たす作品があることも併せて、階層深くへ入り込んだ先の領域といった感じが漂っている。




 


*1:東京会場のみ47作品






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―Angela Mitchell