- 作者:那由他, 三木
- 発売日: 2019/12/16
- メディア: 単行本
コミュニケーションにおける「意味」とは何か、という論考。
全体の構成が非常にわかりやすく、明晰な筆致。
ただ、扱うテーマがテーマなだけに、出てくる具体例がことごとく難しい……。解けたように見えた問題にあえて反論を出して精査することの繰り返しなので、具体例が難しくなるのは仕方ないのだが、なかなか理解できずもどかしい。とはいえ論旨は明瞭なので、全体についていくことには支障ない。
「意図」という、言ってみれば底なし沼のような概念を用いず「意味」を説明している。共同体での規範、多層な共同体、多様な発話要素など、動的で広がりのある結論。社会学的な視角という感じを強く受ける。ここでは話し手と聞き手という対で追究されているけれど、対話のなかで話し手と聞き手がどう入れ替わるのか、というようなことを考え始めると特に。
本書で考えられている問題
- 話し手の意味とは何なのか?
(コミュニケーションという行為において話し手が何かを意味するとはどのようなことなのか) - 従来の代表的アプローチ:意図基盤意味論(グライス他)
- 本書の提案:共同性基盤意味論
- 分析のスタンスは両者とも、日常言語学派の流れを汲んでいる →「意味とはいかなる存在者か?」と問うのではなく、「意味する」という動詞がどのように使われるのか(日常的な言語使用の条件の分析)を探る。
- 本書の目標
- 「話し手の意味」の分析においては、話し手が何かを意味するという行為にある「心理性」と「公共性」という一見相反する特徴がともに説明されなければならない。
- 「話し手の意味の心理性」
- 話し手が何かを意味し、聞き手がそれを理解するとき、聞き手は標準的には話し手が意味したことに対応した内容を持つ信念を、話し手に帰属できるようになる。そしてまた、聞き手には話し手の行為に対する説明と予測も利用可能となる。
- 「話し手の意味の公共性」
- 話し手が何かを意味し、聞き手がそれを理解したならば、話し手は自分が意味したことを引き受けなければならないということ。これは文脈の共有という現象の基礎をなしている。
- 本書で考える分析のステップ
- 1.「帰結問題」
- 話し手が意味し、聞き手が理解したとき、そのときに限り成り立つ状況(「実現状況」)を特定する課題。
- 2.「接続問題」
- 話し手の発話と実現状況が、さまざまな可能な結びつきのうちいずれによって実際に結びついているのかを特定する課題。
従来のアプローチ:意図基盤意味論
- 非接続問題に意図という概念によって答えを与える立場。
だがこのアプローチは、話し手の意味の透明性と話し手の意味の表象主義のふたつを同時に前提とするために意図の無限後退問題につながってしまう。
本書で提案されるアプローチ:共同性基盤意味論
- 帰結問題への解答 (実現状況をどう特徴づけるか)
- 話し手の意味の実現状況(「共同的コミットメント」)とは、話し手と聞き手による集合的信念の形成(→話し手の意味の公共性)であり、それはすなわち話し手と聞き手によるある規範の締結である。(反する振る舞いを取らないことの義務づけ、反されたときに非難する権利)
- 接続問題への解答 (実現状況の特徴づけを話し手の発話とどう結びつけたらよいか)
- 発話が話し手と聞き手の集合的信念に対して持つ関係
- 発話が集合的信念への準備の表明となることに対して、すでに話し手と聞き手のあいだで共同的にコミットされているということ。
共同的コミットメントへ参加する「個人的な準備の表明」は、そのための振る舞いがそうしたものとなるということに関してすでに共同的にコミットされているようなものでなければならない。 - これは無限後退ではない。基礎的・本能的レベルでの「協力シグナル」、言語での共同的コミットメント、あるいは組織特有の共同的コミットメントなど、多層的にさまざまな共同的コミットメントをすでに背負った者として人々は出会う。→具体的には経験的な探求課題
- 発話の「マルチモーダル性」
- 発話をおこなうときには多様な要素がひとつの発話に内包されている。多様な発話内動作それぞれが何らかの共同的コミットメントに関わっており、それらが組み合わさる形で発話全体がひとつの共同的コミットメントの形成への準備の表明となっている。ex. 視線、身振り
- 「話し手の意味の心理性」の説明
- 共同性意味基盤論では、話し手の意味の心理性を、話し手への信念の帰属ではなく、規範的な現象と捉えることで説明する。
- 共同性基盤意味論が描く人間の姿
- 意図基盤意味論と違って多層的。それぞれ少しずつ異なる共同的コミットメントを形成し、複数的な生活のなかにある。