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ピーター・ワッツ “6600万年の革命”

“The Freeze-Frame Revolution”
 2018
 Peter Watts
 ISBN:4488746063


6600万年の革命 (創元SF文庫)

6600万年の革命 (創元SF文庫)




 近未来から超-遠未来に続く “The Sunflowers Cycle” シリーズの中長編。
 これまでに5作品が発表されており、作中世界の時系列で並べると『ホットショット Hotshot』『6600万年の革命 The Freeze-Frame Revolution』『巨星 Giants』『島 The Island』『ヒッチハイカー Hitchhiker(未完)』という順に物語が進む。

 シリーズ概要については短編集『巨星』の感想で書いた文章https://lju.hatenablog.com/entry/2019/04/14/175022で事足りるので再掲しておく。

 銀河系中をジャンプ・ゲートのネットワークで結びつけようというプロジェクトを開始した人類。ゲートをつくるための小惑星改造船を、光速の20%のスピードで銀河系各所へ送り出す。船はAIが完全に制御しており、人間の乗員たちは長大な行程のほとんどを冷凍状態で過ごしている。数千人に及ぶ人員は単に多様性を確保する量的ストックであって、ゲート建造作業のときと、AIが処理できないイレギュラーな事態が発生したときだけ、彼らのうちわずかな人数が目覚めさせられる。
 ゲート建造船のひとつ〈エリオフォラ〉はそんなミッションを長いこと続けていたが、いつしか地球も太陽に飲み込まれてしまっただろうほどの時間が経過してしまう。もはや任務など無意味であるとして旅の中止を試みる乗員たち。しかし船のAI〈チンプ〉はそれを反乱とみなし、鎮圧しようとする。両者はかろうじて和解状態に至るが、以後、人間の乗員とAIとの潜在的対立が始まり、彼らを乗せたまま船は終わりのない旅を続けていく。
 ……というのがこのシリーズの基本的な設定。


 このシリーズを端的に特徴づけるフレーズが『6600万年の革命』の原題 “The Freeze-Frame Revolution” で、ニュアンスとしては「離散的な瞬間を長大な間隔で連ねて企てられる反乱」といったところ。反乱の相手は船の制御AI、目的はゴールなき旅の強制から逃れ自由を獲得することにある。

 ほとんどの時間を冷凍睡眠で過ごす乗員と異なり、制御AIは決して休まず活動し続ける。乗員がこのAIを出し抜くために、落書きや偽装された遊戯を通して互いにメッセージを送り合ったり、死んだと思わせて監視の盲点に潜んだりなどあらゆる努力が続けられ、好機を伺う。AI〈チンプ〉が、人間をはるかに凌駕する高度知性体ではなく、シナプス数で劣る「ほどよい知能程度」にあえて抑えられていることがポイント。人間には思考の柔軟性や社会性・協働という利点があり、〈チンプ〉には遍在的な知覚と時間的な優位とがある。だから抗争が成り立つ。
 〈エリオフォラ〉は繊細に維持される両者の関係で永劫を進み続ける運命にあるのだが、最初に均衡が揺らいだのが、『巨星』『島』で回顧されていた「反乱」であり、その具体的な詳細が『6600万年の革命』にて明らかにされている。

 物語の開始は〈エリオフォラ〉出航から6600万年程が経った頃。既に無数のゲートを構築してきたが、地球との連絡は途絶えており、超空間ネットワークが活用されているのかどうかはわからない。ゲートからはときおり正体不明の存在が姿を見せる。変貌した人類の末裔なのか、それとも未知の知性体なのかも見当がつかない。
 物語の視座は『ホットショット』『島』にも登場するサンデイ・アーズムンディン。構築したゲートから出てきた存在から攻撃を受け、かろうじて回避し得た事件でショックを受けた乗員リアン・ウェイが物語の起点。船の活動意義に疑念を抱いたリアンは反乱に向けてひそかに活動を始め、〈チンプ〉に肯定的な感情を持っていたサンデイも、睡眠中の乗員3000名が秘密裏に殺害されていた事実を知ったことで〈チンプ〉への反乱に加わるようになる。

 後続作品を既読しているのでこの反乱が失敗に終わることは知っているのだが、実際どのようにおこなわれたのかにはかねがね関心があった。〈チンプ〉の「居場所」を知るための方法や〈チンプ〉を破壊する作戦などの具体的な部分にはハードSFとしての刺激があり、船内位置によって異なる重力、人工生態系である〈森〉や〈傾斜の地〉といった〈エリオフォラ〉内部の描写にも味わいがあった。
 しかし全体を通して最も強く感じられるのは、渡邊利道による解説でも書かれているとおり、絶対的な閉鎖感・圧迫感。銀河系ネットワークの建設という目的も距離も時間も圧倒的なスケールの旅なのに、人類文明と隔絶されてしまっており同時に覚醒している人数もきわめて少数という孤独が、何にも増して伝わってくる。*1
 『巨星』『島』では異なる生命体が登場するのでまだしも外部の「他者」がいたわけだが、本作品ではそうしたものはいない。冒頭に現れる〈グレムリン〉も、他者というより「隔絶」の象徴といった扱いであり、目的も希望もない「永遠の強制」という点が際立つ。
 こうしたなかで〈チンプ〉こそは乗員が正対を余儀なくされる絶対の「他者」であって、乗員と〈チンプ〉の関係、もっと言うならば〈チンプ〉とサンデイ、リアン、ヴィクトルそれぞれの対比が、虚空を背景にして浮かび上がるという構図になっている。とりわけ〈チンプ〉への揺れ動く感情を持つサンデイこそは、乗員とAIの関係を代表して担っていると言える。互いに得手・不得手があり相互に反発と依存の理由がある者同士が、決して完全な調和に至ることはなくも仮初めの折り合いをつける──。何ともやるせなくも「実践的」と言わざるを得ないような物語。


『6600万年の革命』は原文の記述に工夫があって、太字部分を拾っていくと作者のウェブサイトに隠されている短編『ヒッチハイカー』へのアドレスがわかる仕掛けになっている。邦訳でも文章に太字部分が仕込まれているが、『ヒッチハイカー』自体はそのまま『6600万年の革命』に続いて掲載されている。
 これは〈エリオフォラ〉が、廃墟となった同型船〈アラネウス〉と邂逅した経緯を描いた話。『巨星』『島』とはまた別の「他者」──あるいは「同種」──が登場し期待させつつ、原文ではクリフハンガーのまま未完で終わっている。時系列では最後尾にあるので、ここからいかようにも展開する可能性があるが、シリーズ全体の基調からしてここから開放的な展開や問題の解への到達には向かわないと思う。
『ヒッチハイカー』で現れる存在は “Rifters” シリーズでの深海適応を想起させ、「閉鎖性」「特殊環境に適合する特殊な人間」「異形的進化」というのが作者の根底にあるテーマ──もしくはオブセッションと感じられる。言い換えるなら、「人間の閾値がどこなのか」をずっと思考しているといったところなのかもしれない。




 

*1: 
 ちなみに、もともと作者はこの作品をゲームとしてつくろうと考えていたらしい。
 Exclusive Interview: The Freeze-Frame Revolution Author Peter Watts






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―Angela Mitchell