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 KAKI KING “JUNIOR” (2010)



Junior






 「自分の好きな言葉」をひとつ挙げるとするならば、ぼくの場合それは、英単語の“still”という言葉になる。
 この言葉にはいくつかの意味があるけれど、ぼくが好きなのは副詞としての“still”だ。より文法的に正確に言うと、逆接の接続副詞。たとえば、ある文章の後にそれと反対の内容の文章が続く際に使われる。“but”という語も同じように使われる言葉だけど、“still”という語の場合、《しかし》だとか《でも》とかとは少し異なる《それにもかかわらず、なお》という論理関係を示す。つまり、ただ最初の文章を否定するのではなくて、最初の文章で示される状況《があるにもかかわらず》次の文章で示される状況がある、という関係が生み出される。だから最初の文章は否定されているけれどもまだ残置していて、続く文章と共存している。
 ──普通、好きな言葉を尋ねられた場合には、名詞や動詞や形容詞が選ばれるものかもしれない。好きになるような何かしらのはっきりした意味内容を持っているのは、そうした語だからだ。これに対して接続副詞とか接続詞といった語は、単独で意味を担う言葉というよりも文や句の論理関係を導くための言葉であって、他の語句との組み合わせによって機能する。ぼくが“still”という言葉を好きなのは、この語が持つそうした「機能」を特別なものとして感じているからに他ならない。

 こんな文法的な話だけしててもなぜこの言葉が好きなのかはよく伝わらないだろうから、このあたりで何か具体的な文章を挙げて説明する頃合いだと思う。
 だけどここでは文章をひとつ挙げるかわりに、ひとつの音楽アルバムを替わりに例示したい。
 それが Kaki King のニューアルバム“Junior”だ。



 Kaki King というのはバンド名とかではなくて、人の名前。本名が Katherine Elizabeth King で、愛称が“Kaki”という。アトランタ出身のギタリスト。Rolling Stone Magazine で、女性ギタリストとして初めて“Guitar God”の称号を授けられている。とりわけタッピングの名手なのだが(see. http://youtube.com/watch?v=_wsFeXWc82Y、このアルバムでは技巧を誇示せず、楽曲表現に専念している感じだ。
 曲はメロディアスで、メランコリーを含みつつ疾走感に溢れている。ベーシックなロックの編成フォーマットの範囲内にあるが、ギターの音が厚く、他のパートもそれに劣らず非常に強固なものだ。楽曲の巧さもさることながら、ヴォーカルの表現力も相当に良い。熱唱からは程遠く、むしろ冷めているとも言えるヴォーカルなのだが、それでいてそこには明らかに切実な響きがある。
 切実であること。
 それこそがこのアルバムから強く伝わる感情だ。

 曲名を並べてみると、“The Betrayer” “Spit It Back In My Mouth” “Everything Has An End, Even Sadness” “Falling Day” “My Nerves That Committed Suicide”…… といったように、重く陰鬱な雰囲気が滲み出る。歌詞自体も同様で、暗示的な表現ではあるけれど、テーマは明確だ。
 ここに歌われているのは明らかに絶望の世界。救いも希望もなく、ただ諦めと敗北だけがあるような──。
 でも、確かにそうではあるのだけど、だとすればこの楽曲が放っている力強さは、いったい何なのだろう?
 これらの曲のトーンは、ダークなものと区分される種類のものだとは思うけど、でも内面に閉じこもるような静的な曲調ではなく、激しさに主導される紛れもなく戦闘態勢の曲だ。明るさや楽しさがあるわけではないのに、それでいて何か前向きな志向がある。楽観主義的とかいうような意味のものではなくて、たぶんそれは、ただ戦意を喪失していないという意味での前向きさなのだと思う。


 希望、という言葉が安易に通用しない領域がこの世の中にはあって、そこでは大抵の戦いはまず勝ち目がない。そしてそれも最初からわかりきっていることだったりもする。そうした状況下で鬱屈に耽溺することの悦楽があることも知っているけれど、ただ嘆くだけではなくて、鬱屈の発露を昂揚に変えるという選択肢もまたあり得る。これらの曲がおこなっているのはまさにそういうことだ。
 勝算などないことはわかったうえで、それでも戦いに挑んでいくこと。
 それこそが“still”という言葉で示される状況だ。
 絶望的であるにもかかかわらず、それでも。
 そしてこの論理関係において、最初の文章に続くべき次の文章は別になくたっていいと思うのだ。それが何であれ、絶望のなかから反抗し立ち向かうこと、そのようなスタンスを一語で指し示すものとして“still”という言葉をいつも自分のなかに刻み込んでいる。




曲リスト
M-1 “THE BETRAYER” 
M-2 “SPIT IT BACK IN MY MOUTH” 
M-3 “EVERYTHING HAS AN END, EVEN SADNESS” 
M-4 “FALLING DAY” 
M-5 “THE HOOPERS OF HUDSPETH” 
M-6 “MY NERVES THAT COMMITTED SUICIDE” 
M-7 “COMMUNIST FRIENDS” 
M-8 “HALLUCINATIONS FROM MY POISONOUS GERMAN STREETS” 
M-9 “DEATH HEAD” 
M-10 “SLOAN SHORE” 
M-11 “SUNNYSIDE” 


official : http://www.kakiking.com/
myspace : http://www.myspace.com/kakiking
ASIN:B0037VNU0G






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“でも、これはごまかしよ、ね。つかまったと思ってるだけ。ほら。わたしがここに合わせると、あなたはもうループを背負ってない”
―Angela Mitchell