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クリストファー・ノーラン “TENET”






“Tenet”
 Director : Christopher Nolan
 UK, US, 2020


 非常に難解。多くの人が言っているように、タイムトラベル映画で過去最も難解と名を馳せてた『プライマー』(see. https://lju.hatenablog.com/entry/20111023/p1を超える難度。でもアイデアはとても斬新で、映像として見たことのないおもしろさがある。


 基本的にタイムトラベル物のフィクションでは、過去方向であれ未来方向であれ、時間を「跳躍」することでタイムトラベルがおこなわれる。過去へのタイムトラベルも、現在から過去へ跳躍した後は、その時点から順行時間(未来方向へ流れる通常の時間)で過ごしていく。

 “TENET” のあたらしいところは、過去へのタイムトラベルを離散的な「跳躍」ではなく、連続的な「逆戻し」として描いたという点にある。
 もしこの世界の時間があるとき突然逆行を始め、なおかつ人間の意識だけは逆行せずに未来へ向かう時間内にとどまるとしたら、自分が後ろ歩きに進み、その他のあらゆるものが同様に、これまでの運動を逆向きにおこなう情景が観察されるだろう。
 “TENET” では、順行時間で進む世界のなかに逆行可能な存在が紛れ込んでいるという設定のため、一見ふつうに見える世界のなかの一部に後ろ向きに行動する人物や車がいたりする姿が描かれる。また、映画画面が逆行存在の視点になることもあり、そうした場面では、視点以外のものすべてが逆行しているように見える。
 過去への跳躍ではなくて、時間が逆戻りしていく。なおかつそれが正常に時間進行する存在と同時に起こっていたら(観察されたら)どうなるか、というのがこの映画の発明。

 あまり物理学的なことを考えなくても観賞できるのだが、一応科学的(SF的)設定は考えられている。逆行は、古典力学が時間対称であることに基づいて可能になっている。無重力の真空中でふたつの質点が衝突したとき、時間の向きを逆にしても一連の運動はまったく同じように成り立つ、ということと同じだ。
 ただし熱力学的現象はエントロピーがあるため、現実世界は時間非対称となっている。映画内でもそこは言及されていて、エントロピーを操作する技術がつくられたから逆行タイムトラベルが可能になった、と説明されている。エントロピーが絡むので「爆発による炎上」が逆行時間では「凍結」になったりする。(このあたり、厳密な物理学では説明付けられないらしいのだけど、映画としては「エントロピーがあるからこうなる」ってだけで一応納得できる流れにはなってる)


 ともかくこの荒唐無稽・空前絶後のアイデアは、映画という媒体だから実現できたと言っていいだろう。
 文字テクストだったら、順方向にしか読めない。書くことはできるとしても、順方向と同じ速度で逆方向に読んで意味を理解することは困難だ。訓練すればできるかもしれないが、映像なら何ら練習せず苦もなく見ることができる。
 とはいえ、そこから「何が起こっているか」を理解するのは実際には難しい。なんとなくわかるんだけど、何回か見ないと理解できない。一回目では「見る」ことはできても「意味」が掴めない。意味、つまり「原因-結果」という因果関係が、複雑に入り組んで構築されている。
 順行体と逆行体がふたつ共存状態にあるだけでも難解なのに、この映画、順行・逆行の合計6体が交錯するとんでもない場面が出てきたりする。クライマックスでは、ミッションを成功させるために、あるクリティカルな時間点を目指して順行時間側からと逆行時間側からとで「挟撃作戦」がおこなわれる。もうほんと何が起きてるのかわけわかんないんだけど、ある建物を順行側と逆行側両方で爆破したりとか、いやこんな映画今まで見たことなかったよ、よくこんなのつくりあげたな…ってつくづく思う。


 物語の主軸は「逆行物タイムトラベルの悲劇」(順行するAと逆行するB。「まだ何も知らない若いAが、すべてを知っている年取ったBに出会う」→「すべてを知った年取ったAが、まだ何も知っていない若いBに出会う」)のカテゴリーに含まれると思うんだけど、そのドラマ性に関してあまり深く感銘は受けなかったかも。それより、「主人公」の匿名性と人種差別問題がおそらく裏で企図されていることの「あざとさ」という点には注意しておかなければならないと思う。(cf. 空虚な中心としてのジョン・デイヴィッド・ワシントンの身体~人種映画としての『TENET テネット』 - 北村紗衣

 物語としておもしろいとかうまくできている、とかよりも、「がんばって整理・理解する」ということ自体の方に価値があるタイプの映画。
 実際とても難解なので、いろんな人がさまざまなタイムライン図を書いて整理してる。『プライマー』もそうだったけど、自分が理解した内容の図示化という行為が一斉におこなわれているのがおもしろい。
 この映画、複数回鑑賞する必要があるのは当然として、整理しながら自分でタイムラインを描画してみる、という行為まで含めて楽しさがある映画作品だと思う。伏線を発見し、完全には描かれてないけど推測できることを見つけたり。そういう諸々も含めて。





  参考



オフィシャル:https://wwws.warnerbros.co.jp/tenetmovie/index.html
IMDb : https://www.imdb.com/title/tt6723592/







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―Angela Mitchell