Gang Starr の Guru のソロ・プロジェクトとして、1993年にリリースされたアルバム。ラップのバックトラックに生のジャズバンドを用いるスタイルの先駆に当たる*1。
Jazzmatazz はシリーズとしてその後もリリースされ、2007年の vol.4 まで続く。この vol.1 では Roy Ayers や Courtney Pine といったジャズ・ミュージシャン の他、Guru 以外のラッパーとして N'Dea Davenport と MC Solaar が参加している。
そもそもなぜヒップホップ・ミュージックがラッパーとDJで構成されるのかというと、楽器も演奏技術も持たない黒人低所得層でもレコードにその場でラップを加えさえすればすぐ音楽になる、というところに始まりがある。楽器を演奏せず既存の音源を加工してあらたな曲をつくりだす技術として、サンプリングやブレイクビーツ、スクラッチなどが発展した。同じように「金がない若者でもすぐにできる音楽」を目指した初期パンクが、最小限の楽器パートとスリーコードで構成されていたことにも似ている。どのように音を生み出しているかということは、言ってみればカルチャー・アイデンティティにかかわっているわけだ。
そうしたことを考えたとき、ヒップホップにおいて生バンドでトラックをつくるというのはどのような意味を持つものなのだろう?
たぶんこの種の試みの前例にはまず Run-D.M.C.+Aerosmith の“Walk This Way”(1986)が来ると思うのだけど、この曲の場合は、まったくの異分野とのコラボレーションであって、だから純粋にヒップホップの地平を広げることにつながった。(たとえばこの曲のヒットがあったからこそ、 Beastie Boys が生まれ出た。)
だけど、JAZZMATAZZ のように生ジャズバンドを採り入れることは少し違う意味を持つように思う。既にジャズはサンプルネタとして使われることがあったわけだから、これによって音楽スタイルとして劇的な変化が起こったということにはならないだろう。といって、生バンドの採用がサンプリングという手法の否定を意味するわけでもない。このアルバムではサンプリングも依然、併用されているからだ。だからジャズにただラップが乗せられたというより、あくまでヒップホップのフォーマットにライブ・ジャズの音が加わったというかたちだ。
スリーヴ内に書かれた Guru の言葉によれば、ヒップホップのアイデンティティについては充分意識的であったことが窺える。
「俺は用心深くあった。ただしくおこなわなくてはならなかった。もっとも重要な注意点は、自分のストリートの信用性を保つこと、そしてハードコア・ラップを代表すること。それらが自分を今に至らしめてくれたんだから」 “I was leery. It had to be done right. My main concern was to maintain my street credibility and to represent the hardcore rap crowd because they've got me to where I am now.”
また、次のようなことも言っている。
「この先輩たちとトラックをつくることは、自分の父親とトラックをつくるようなものだ。彼らは俺を受け入れてくれたし、俺も彼らを受け入れたんだ」 “Doin' the tracks with the older guys was like a doin' a track with my father: They accepted me and I accepted them.”
アルバムの全体を通して、ジャズ・サウンドがヒップホップのビートに完全に合致し、ひとつのグルーヴに溶け込んでいる。ここでは、ジャズとヒップホップは「スノッブ / ストリート」と区分されるようなものではなく、遠くアフリカン・ミュージックにつながる同根の部分がうまく合わさっている感じだ。
JAZZMATAZZ というのは、ジャズとの融合によってヒップホップのルーツを探求する試みだとも言っていいと思うのだけど、それが既存音源の一方向的な利用だけではなくて、「父親」であるところのジャズ・ミュージシャンたちと実際の共演によるものだというところに意義がある。そこでは双方向の「対話」が可能だからだ。
Guru のラップもリズムトラックも尖っていて紛れもなくヒップホップのテイストではあるのに、それでいて確かにジャズでもある。
ヒップホップにおけるサウンドのあり方を最高度に突き詰めたアルバムだと思う。
曲リスト
M-1 “Introduction”
M-2 “Loungin'” with Donald Byrd on all trumpets and piano.
M-3 “When You're Near” with N'Dea Davenport on lead vocals and Simon Law on keyboards.
M-4 “Transit Ride” with Branford Marsalis on alto and soprano saxophone and Zachary Breaux on guitar.
M-5 “No Time To Play” with Ronny Jordan on all guitars and D. C. Lee on vocals.
M-6 “Down the Backstreets” with Lonnie Liston Smith on acoustic and electric piano.
M-7 “Respectful Dedications”
M-8 “Take A Look (At Yourself)” with Roy Ayers on vibes.
M-9 “Trust Me” with N'Dea Davenport on lead vocals.
M-10 “Slicker Than Most” with Gary Barnacle on saxophone and flute.
M-11 “Le Bien, Le Mal” with MC Solaar lead vocals on French rap.
M-12 “Sights In The City” with Courtney Pine on alto and soprano saxophone plus flute, Carleen Anderson on vocals and Simon Law on keyboards.
特に銘記しておく曲
M-4、M-6、M-8、M-9、M-10、M-12
「ジャズとヒップホップ」を考える上で、あえて JAZZMATAZZ のライブ・ジャズの曲ではなく Gang Starr “Jazz Thing” を貼っておく。
これは映像もすごく良いと思う。
*1:厳密には、これ以前でも Quincy Jones “Back on the Block”(1989)や Miles Davis “Doo Bop”(1992)などでジャズミュージシャンとラッパーのコラボレーションの試みはおこなわれているが、これらはあくまでもジャズ側をメインとしたアプローチだ。