非常に先鋭的。
主にギターとピアノでつくられているけれど、はっきりしたメロディを紡がずに断片化、ノイズやドローンとなって溶け合い、指針となるビートもないまま彷徨いながら情景を連ねていく──というような作品。
過去の音源、2019年の “Lifetime” や、 Hyperdubから出たEP “Tommy” などにはダンサブルもしくはメロディアスと言っていい曲もあり、まだしも聴きやすかった。
それらに比べると今回のアルバムはそれこそ極北。“Frozen” と冠されているのも頷ける。
ここには極限まで研ぎ澄まされた世界がある。音楽というより、もっと広義の「音を使った芸術」あるいは「音を使った文学」とでも言った方がいいような。
同種のものを挙げるなら、The Caretaker の “Everywhere At The End Of Time”。
つまり、言語を使わずに聴覚からインプットする形式の物語、とでも言うべき表現だ。
たとえばM-1 “when jesus says yes, nobody say no”。足音かストンプのようなサウンドに始まり、次いで鳥の鳴き声や水音が現れると、やがてエレクトロニックなノイズが全体を覆い、不明瞭なヴォイスがあふれた後、かすかなドラムを伴って楽曲らしきものが完成する──というような流れは、古典的であれ現代的であれおよそ音楽の通常の形式には則っておらず、もっと別種の独自な文法でできたものと思える。
あるいは M-2 “care about us”。ライヴハウスの轟音が遠くから聞こえるような音場が空白を挟んで何度か繰り返され、インダストリアルな不協音へ転じてから、唐突にストリートの会話が入り込んで終わる。4幕あるいは5幕からなる構成は、シーンそれぞれのつながりから何かナラティヴが浮かび上がってきそうだ。
心地良いBGMとして流せるタイプのものでないのは確かで、これはむしろ「都市を語るアルバム」と捉えるべきなのだろう。街角の喧噪、漏れ聞こえる会話、都市そのものが立てる音。
そうした延長に、アルバムの中でもっともラディカルな M-8 “mark” も位置づけられる。
この曲は2011年にロンドンのトッテナムで起きた警察による容疑者射殺事件をテーマにしたもの。理不尽な事件が大規模な抗議運動を生み、騒乱を派生しつつ根深い非対称構造への怒りを氾濫させる──という、まさしく2020年5月末の現在、アメリカのミネアポリスに端を発した一連の状況を髣髴とさせる出来事だ。
特筆すべきはこの曲の構成。冒頭1分半が経過した後、約8分の「黙祷」がおこなわれる。そして完璧な静寂の中から、どこかためらいがちに弾かれる静かなピアノが現れると、聞き取れないほど変形された叫びが響き、そして M-9 “understand our track” の荘厳とも言えるドローンサウンドへシームレスにつながっていく。
ともすれば浮き世離れした実験的アーティストとも捉えられかねないところ、ここではかなり明確な政治的メッセージが示されていると思うのだが、しかしこの曲もあくまで都市の断片や人の声をコラージュしてつくられたもの。歌詞もなく情感的なメロディもなく、ただコンクレート的なサウンドとその構成によって主張がおこなわれているというのは、楽曲という表現の枠を大きく超えている。
決して快楽を伴う音楽ではないのだけど、聴覚による体験として刺激的。
Klein
Information | |
Origin | South London, UK |
Years active | 2016 - |
Links | |
bandcamp | https://klein1997.bandcamp.com/album/frozen |